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『Battle of China』の嘘を暴くーヤラセ芝居である証拠(2)

(1)に続いて 
 
大戦中アメリカの戦時国債宣伝のこんな画像があります。 
 
Internet Archives より 
Japanese War atrocities / War Crimes vs. China / Nanking Massacre War Bond 77854

「バトルオブ・チャイナ」とほぼ同じ映像が使われていますが、あまりにヤラセだとバレバレなので「バトルーー」でも使えなかっただろうショットが含まれている。


↓ここは「バトルオブ・チャイナ」と同じ
    スクリーンショット (505)


映像 00:45~ 
日本兵が「人間」を軽々と放り上げーー
    スクリーンショット (506)


それを目撃していたシナ女性でしょうか、「何てことを!」という顔をしてみせる。
    スクリーンショット (508)


そして一人が放り上げた「人間」を銃剣でグサッと刺した日本兵・・
    スクリーンショット (509)



これは(1)で書いた、カナダ人研究者Gary Evans論文で取り上げられたヤラセ芝居の映像と一致。
    スクリーンショット (71)
 


そして中国国営テレビCCTVは今に至ってこの映像を「南京虐殺」として使っている。 
    スクリーンショット (346)
 
 
 
 
 

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「The Battle of China」の嘘を暴くーヤラセ芝居である証拠(1)

 (画像は全てクリックで拡大します)

 
 
1944年作 アメリカ戦時プロパガンダ映画 フランク・キャプラ監督
『我々はなぜ戦うか』 第6作目 『中国における戦闘』 
   『ザ・バトル・オブ・チャイナ』 



この映画についての検証は多数なされているようですが、細かく気付いた部分について上げてみます。  
 
まず「バトルオブ・チャイナ」全体として、フィクションとドキュメンタリー映像の寄せ集めであり ”エンターテイメント映画” であるとキャプラ自身が発言している。 
Frank Capra's Eastern Horizons: American Identity and the Cinema of International Relations (Cinema and Society)
スクリーンショット (221) - コピー



21:30~ 上海への空襲、逃げ惑う人々、これは明らかに第二次上海事変時の中国軍による空爆であり、
48:10~ は1938年、蒋介石軍による黄河決壊事件。 
27:36~ は 1927年蒋介石による上海クーデター時の映像と一致。
  
 

問題はいかにも描写が不自然な 27:50~ 辺りから。

スクリーンショット (212)   スクリーンショット (161)
 

これについてカナダのGary Evans (映像関係の専門家と思われる)という人が説明している。
スクリーンショット (478)

エバンス論文  The Nanking Atrocity: Still and Moving Images 1937–1944  

エバンス著書 
The Politics of Wartime Propaganda

エバンスによると「中国製作プロパガンダ映像がカナダでThe Mask of Nipponという戦時映画で使われた」 としており、The Mask of Nippon の映像は The Battle of China と同一のもの。 
中国製作の映像をエバンスは芝居であり、ヤラセであると書いている。




つまり「バトルオブ・チャイナ」に出て来る不自然な部分は創作された映画の芝居でありヤラセと言える。 
スクリーンショット (480)   スクリーンショット (481)
 

そしてこのシーン。
人を放り投げ銃剣で刺すこの場面は「バトルオブ・チャイナ」では使われてないようだが、中国メディアは今に至って、時にこれも加えて「南京虐殺」宣伝素材として使っている。
スクリーンショット (71)   スクリーンショット (346)
  
そのいかにもな銃剣ヤラセ場面は 0:23~ (その直前は「バトルオブ・チャイナ」芝居場面と同じ)  




Japanese War atrocities / War Crimes vs. China / Nanking Massacre War Bond 77854







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新たに公開された「南京事件」マギー・フィルム

『南京虐殺』の証拠だとされている「マギー・フィルム」が、エール神学校サイトで公開されています。  
 
ジョン・マギーの孫が保存していて昨年11月エール大神学校(「南京虐殺プロジェクト」)に寄贈されたもの。
それを南カリフォルニア大(USC Shoah Foundation )がデジタル化。 
--Shoah Foundationとは:ナチス・ホロコースト研究主体の団体でスティーブン・スピルバーグに拠って設立された--
 
John Gillespie Magee wikipedia 
 
↓エール神学校ライブラリーのサイト 
マギー・フィルム2本ほか写真

Magee Reel 9 と Magee Reel 1 が新たに公開されたフィルムのようです。
他の写真・文書類は以前から公開されていたもの。
以前エントリーした南京関連資料

Reel 9 の傷病者が担架で運ばれるシーンは
東中野修道氏『南京事件・証拠写真を検証する』本p201・写真129と同じもののようです。
本では1938年3月棲霞山・仮手当所とある
p188に拠ると、これまで公開されていたフィルムはH・ティンパーリが編集したものであり、本人が「余計な部分をカット」と証言しており、そこに字幕説明を挿入加工したもの、とある。
今回は編集無しの原版だろうか。





(画像クリックで拡大)
マギー・フィルムより 安全区内、金陵女子大学構内での予防接種の様子と思われる。
スクリーンショット (457)

安全区?街路の様子
スクリーンショット (458)








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日本軍によるとされた女性への非道行為は正にシナの風習・1927年 広州蜂起 

 スクロールする前にご注意を。サムネイルにしていますが閲覧注意画像含みます。 

 
『南京大虐殺』『レイプオブ南京』で語られる日本軍による非道行為は、1920年から大戦終結後の1949年まで続いた国共内戦や、各軍閥による漢奸狩りでの虐殺光景のすり替え(転嫁)と思われてなりません。
中には在シナ日本人がシナ暴徒に襲撃された事件のすり替えと思われるものまで。
 
多数あるシナ軍閥による虐殺事件の中でも、非道が目立ち犠牲者写真が今も多数残っているのが「1927年上海・南京事件」や「広州蜂起」。
 
1927年広州蜂起についてウィキより

南昌蜂起、秋収蜂起における中国共産党の蜂起の失敗の後、コミンテルンはより一層の武装蜂起の方針を打ち出した。12月11日、中国共産党は中国国民党の軍隊内にいる左派の人間並びに広州の労働者及び農民の組織に対し広州攻撃を働きかけ、蜂起が決行され都市ゲリラ戦が展開された。市街の公共建物や国民革命軍側の拠点が攻撃対象とされ、大部分が共産側に占領された。翌12月12日、張太雷を主席代理として広州ソヴィエト政府の樹立を宣言した。しかし、すぐに広東軍の将軍張発奎が反撃を開始し、12月13日には共産党勢力は広州から撤退を余儀なくされた



以下リンクは中国系のサイトなので要注意で飛んで下さい。閲覧注意画像含みます。
  ⇓
1927年広州蜂起・共産党員の被害

 
クリックで拡大。 

  スクリーンショット (490)
 
 
  スクリーンショット (489)

↑これが正に「シナ独自の女性への暴行手法」の証拠ではないでしょうか。 
 
↓参考に。
以前のエントリー NHK『中華の源流・幻の王朝を追う』


スクリーンショット (38)

スクリーンショット (36)
 






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「南京攻略戦」米軍文書の訳文追加しました

先日の支那事変資料について
文書画像を間違えて貼っていた?かも知れないので確認して差し替えました。
他、訳文を少し追加しました。 
     ⇓ 
米軍資料「南京攻略戦」「上海事変」 
 






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