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「アンブロークン」日本兵=カニバリズムの出処

「アンブロークン」原作本より
日本兵が「敵捕虜の人肉を喰った」記述の纏めです。

UnbrokenUnbroken
(2011/01/20)
Laura Hillenbrand

商品詳細を見る



本文32章から
Thousands of other POWs were beaten, burned, stabbed, or clubbed to death, shot, beheaded, killed during medical experiments, or eaten alive in ritual acts of cannibalism.
訳「それ以外にも何千という戦争捕虜が、殴打され、焼殺、刺殺、撲殺、銃殺され、首を切り落とされ、医学生体実験で殺され、あるいは慣例であった食人行為として生きたまま食われた。」

eaten alive in ritual acts of cannibalism の ritual act を「儀式として」なのか「慣例として」どちらに訳すべきか、ネット上でも色々解釈があるようです。
辞書の解釈ではin ritual acts of~で「儀式めいた~という行為」と訳す事が多い。


私の解釈としては、
出典元として田中利幸「知られざる戦争犯罪」と “Jap Soldiers Eat Flesh of U.S. Prisoners, Australia Discloses,”Abilene Reporter-News September 10, 1945. が出ているので
    ↓
オーストラリア軍 カニバリズム - コピー  (クリックで拡大)

両方の内容から見て  「儀式めいた恒例の行為として生きたまま喰った」  の意味が近いのではないかと考えます。


以下が資料2件の内容


★「知られざる戦争犯罪」より
「選ばれた捕虜は小屋の中に連れていかれ、生きたまま身体から肉が切り取られました。そして生きたまま地面に掘ったくぼみに投げ込まれーー」
(シンガポールで捕虜となったインド国民軍に敵対するパキスタン人、ハタム・アリ上等兵がニューギニアに連れて行かれた時の目撃談として報告されたオーストラリア軍の資料)

★Abilene Reporter-News September 10, 1945の記事より
The atrocity report said that the Japanese soldiers tied the hands of captured American and Australian soldiers behind them, used the helpless men for bayonet practice and then while they were still alive sliced off their flesh for food.
『非道行為報告書に拠ると、日本兵らは捕えた米兵・豪州兵を後ろ手に縛り、その無抵抗の捕虜を銃剣訓練として刺した後、まだ生きている内に身体から肉を削ぎ取り食糧とした。』


どちらにしろ、荒唐無稽もいいところで、後者の記事内容を見るとニューギニア方面での食人部族による損壊死体を見た豪州兵らが勝手に日本軍の仕業と決めつけたものとしか思えません。
これについては以前書いたので↓
「日本兵=カニバリズム」説について

戦後70年も経ってトンデモな捏造プロパガンダを事実として出して来たものです。
後ろには中国や在米・抗日連合会による「日本人残忍キャンペーン」も隠れている節があります。
「アンブロークン」とはそのキャンペーンの一環と考えて間違いないと思います。







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目的は日米離反か・「アンブロークン」日本側協力者(3)

「アンブロークン」原作本が参考資料として多用している田中利幸=Yuki Tanaka の本。

知られざる戦争犯罪―日本軍はオーストラリア人に何をしたか知られざる戦争犯罪―日本軍はオーストラリア人に何をしたか
(1993/12)
田中 利幸

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★前回紹介した本文の「いきたまま喰われた」は、この田中の本p227~p230にあるオーストラリア軍の資料から、
シンガポールで捕虜となったインド国民軍に敵対するパキスタン人、ハタム・アリ上等兵がニューギニアに連れて行かれそこで目撃した事として書かれています。

「選ばれた捕虜は小屋の中に連れていかれ、生きたまま身体から肉が切り取られました。そして生きたまま地面に掘ったくぼみに投げ込まれーー」
生きたまま「食った」理由を田中は「人肉食糧を無駄のないように長くもたせる必要があったのではなかろうか」と解説。



★これも原作本に何度も出て来る言葉"kill-all policy" が田中の本に解説されている。
敵軍が迫ってきたら捕虜は皆殺しが命令だった、とするもの。
直江津でザンペリーニは周辺民間人から「捕虜は8月22日に殺されるらしい」と聞いたと。


他にも田中の本にはグロいB級スプラッター映画としか思えない「日本軍の残忍行為」が多数書かれている。
物理的にあり得ないとしか思えない事でもガンガン書いている・・・
こんなトンデモ捏造本からアンブロークンは多数引用している訳だ。

田中について、どんな人物なのか。
田中利幸 wiki
何ともまあ香ばしい所だらけ・・・

妻はオーストラリア国籍でその親がユダヤ人、というからサイモン・ウィーゼンタール・センターと繋がっていてもおかしくない。

また『原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島』の代表を勤めたということ。
原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島

「原爆投下は空爆による無差別大量虐殺の最も極端な例ですが、空爆による民間人の大量虐殺は、広島・長崎の後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争や最近のアフガン、イラク戦争など、戦争が起きるたびに繰り替えし行われている。」
と書かれてあるが、「知られざる戦争犯罪」でもこれら主にアメリカに拠る”戦争犯罪”にも触れている。

日本側だけでなくアメリカも糾弾しているからいいじゃないか、と思ってはいけない。
この人は上記の他にソ連やボスニア紛争でのセルビアなども批判しているが、中国共産党、北朝鮮による残忍行為には触れておらず、特に戦前日本国臣民だった台湾人の事は書いているが朝鮮人はほぼ無く被害者として書かれているだけだ。

つまり田中が糾弾するのは主に戦前の日本、そしてアメリカだ。

「知られざる戦争犯罪」(英語版 Hidden Horrors) や他の戦争犯罪関係の著書・論文は元から被害者救済のためでも、平和構築のためでもなく、捏造を多用した上で、日本とアメリカ互いに憎ませ合う事にしか思えない。

「アンブロークン」の目的も似たようなものだろう。
映画を観た感想がhate Japanで溢れていると言う。
アメリカ人に日本を憎ませ、それに反応した日本人にアメリカに反感を持たせる、それが「アンブロークン」の目的です。


本当はアメリカに拠る正真正銘事実である戦争犯罪についてもっと取り上げたい所ですが、この構図が見えているので、あえてそれに触れないようにしております。
アンブロークンに関連してアメリカを糾弾するというのは、反日・日米離反工作の罠に自ら嵌るようなものと判断しているからです。


(他に関係者としてPOW関係を調べていると田中利幸と共に頻繁に目にするのが 内海愛子 という人物。
内海は「むくげの会」設立者だそうです。wikiで見てもずらっと反日・親朝鮮のものが並んでいます。
アンブロークンを検証している有志の他のブロガーさん達が内海についても暴いてらっしゃるようです。)


「アンブロークン」とは関係無いですがーー
日米は大きな犠牲の上に互いに理解し合おうとし、大戦時の当事者の方達は相手方に一定の敬意を払い良い関係を構築してきたのです。
捏造トンデモ映画になんか影響されてはならないと思います。

   硫黄島での日米合同慰霊祭
   硫黄島 合同慰霊祭


   硫黄島 合同慰霊祭 2






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「アンブロークン」原作・日本側協力者 (2)

「Unbroken」原作には主人公ルイス・ザンペリーニの動向とは全く別に大戦時の日本軍についての解説が随所に挿入されている。 
日本軍=残虐説の中でも最悪なくらいに残忍非道であったと説明されている。
問題になった「カニバリズム 食人」はその一部で、他にも様々な残忍伝説が。

以下にその類の部分を抜粋しておりますが、抜粋部分の下の囲みは原作が参考資料として巻末に出しているもの。
Yuki Tanaka の名が頻出しています。
「アンブロークン」に書かれている日本軍残忍説の殆どがYuki Tanaka = 田中利幸 の論文・著書からの引用と考えていいと思います。
何度も取り上げているこれもその一つ。

知られざる戦争犯罪―日本軍はオーストラリア人に何をしたか知られざる戦争犯罪―日本軍はオーストラリア人に何をしたか
(1993/12)
田中 利幸

商品詳細を見る



以下原作から抜粋して見ていきます。
(他にもあり。太字の日本語訳は私自身で)



32章
Thousands of other POWs were beaten, burned, stabbed, or clubbed to death, shot, beheaded, killed during medical experiments, or eaten alive in ritual acts of cannibalism. And as a result of being fed grossly inadequate and befouled food and water, thousands more died of starvation and easily preventable diseases. Of the 2,500 POWs at Borneo’s Sandakan camp, only 6, all escapees, made it to September 1945 alive. Left out of the numbing statistics are untold numbers of men who were captured and killed on the spot or dragged to places like Kwajalein, to be murdered without the world ever learning their fate.

それ以外にも何千という戦争捕虜が、殴打され、焼殺、刺殺、撲殺、銃殺され、首を切り落とされ、医学生体実験で殺され、食人儀式として生きたまま食われた。
与えられる食糧は著しく不足し、水と食べ物は汚染されており、その結果数千人が飢餓や、容易に避けられるはずの病気で死んでいった。
ボルネオ島・サンダカン収容所では2500人居た捕虜のうち1945年9月まで生き延びたのはたった6人だった。その6人は皆脱走した者達だ。
捕えられて直ぐに、あるいはクェゼリンのような場所に連行されて殺された人の数は、膨大な統計上の戦没者数の中にさえ入っていない。
その場所で捕虜達がどんな運命を辿るか世界に全く知られる事もなく殺されていた。




32章 
15
Some 132,000 Allied POWs: Tanaka, p. 70; Brian MacArthur,
Surviving the Sword: Prisoners of the Japanese in the Far East, 1942–45
(New York: Random House, 2005), p. xxvi.
16
Nearly 36,000 Allied POWs die: Tanaka, p. 70.
18
More than 215,000 other POWs: Tanaka, p. 2.
21
Medical experiments: Tanaka, pp. 135–65; Gary K. Reynolds,
23
Sandakan: Tanaka, pp. 11–43.


↓これが「カニバリズム」の引用元

22
Cannibalism: James, p. 259; Tanaka, pp. 111–34;
“Claim Japs Practiced Cannibalism,”
Hammond Times, September 16, 1945;
“Jap Soldiers Eat Flesh of U.S. Prisoners, Australia Discloses,”Abilene Reporter-News September 10, 1945.



上記『日本兵が米兵を喰ったとオーストラリアが暴露した』 1945年9月10日付け記事
オーストラリア軍 カニバリズム - コピー  クリックで拡大







8章

Of all of the horrors facing downed men, the one outcome that they feared most was capture by the Japanese. The roots of the men’s fear lay in an event that occurred in 1937, in the early months of Japan’s invasion of China. The Japanese military surrounded the city of Nanking, stranding more than half a million civilians and 90,000 Chinese soldiers. The soldiers surrendered and, assured of their safety, submitted to being bound. Japanese officers then issued a written order: ALL PRISONERS OF WAR ARE TO BE EXECUTED.

日本軍は南京市を包囲し、50万人以上の市民と9万人の中国兵が動けない状態になった。中国兵らは降伏し、命の保障はするというので捕縛を承諾した。だが日本軍将官が出した命令書は『捕虜は全員処刑すること』であった。



What followed was a six-week frenzy of killing that defies articulation. Masses of POWs were beheaded, machine-gunned, bayoneted, and burned alive. The Japanese turned on civilians, engaging in killing contests, raping tens of thousands of people, mutilating and crucifying them, and provoking dogs to maul them. Japanese soldiers took pictures of themselves posing alongside hacked-up bodies, severed heads, and women strapped down for rape. The Japanese press ran tallies of the killing contests as if they were baseball scores, praising the heroism of the contestants. Historians estimate that the Japanese military murdered between 200,000 and 430,000 Chinese, including the 90,000 POWs, in what became known as the Rape of Nanking.

その後は6週間に渡って殺戮の狂乱であった。膨大な数の捕虜が斬首され、銃殺され、銃剣で刺され、生きたまま火を付けられた。
日本人の刃は民間人にも向かい、殺戮競争、何万人もを強姦、手足を切断したり磔に打ち付けもし、犬をけしかけ襲わせたりした。
切り刻まれた死体や頭部、強姦のために吊り下げられた女性達、、、日本兵はそれらの横に並んで写真を撮った。
日本の報道陣は野球得点のように殺戮コンテストの集計を取り、競争する兵士らの英雄ぶりを称賛した。
日本軍部隊が虐殺した中国人は20万人から43万人であろうと歴史家は見積もっているが、そこには9万人の捕虜兵士も含んでおり、後に「レイプオブ南京」として知られるようになった。




Every American airman knew about Nanking, and since then, Japan had only reinforced the precedent. Among the men of Louie’s squadron, there was a rumor circulating about the atoll of Kwajalein, in the Marshall Islands, a Japanese territory. On Kwajalein, the rumor said, POWs were murdered. The men called it “Execution Island.” It is testament to the reputation of the Japanese that of all the men in one fatally damaged B-24 falling over Japanese forces, only one chose to bail out. The rest were so afraid of capture that they chose to die in the crash.

(ここで南京「虐殺」の話から南方でのザンペリーニの話題に繋げている)

アメリカ軍航空兵はみな南京の事を知っており、日本はその先例を強化していくばかりだった。ルイ・ザンペリーニの部隊の間では、日本が占領しているマーシャル諸島クェゼリン環礁について、ある噂が広まっていた。
クェゼリンで捕虜が虐殺されているという噂だ。ルイらはそこを「処刑島」と呼んだ。
損傷を受け日本軍側に墜落したあるB24の場合、搭乗員のうち脱出を選んだのは一人だけだった。そうしたのは日本人の悪評のためである。他の者達は捕らえられるのを非常に恐れ、墜落死となる方を選んでしまった。


(南京関係もYuki Tanakaと「レイプオブ南京」からとなっている
「Hidden Horrors」とは上記、田中利幸著「知られざる戦争犯罪」の英語版)

28
Rape of Nanking: Chang, pp. 4–104; Yuki Tanaka,
Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II
(Boulder: Westview, 1996), p. 80.





(Yuki Tanakaについて続きがありますが一旦切ります)








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「アンブロークン」原作の日本側協力者(1)

「アンブロークン」は明らかに反日=日本への憎しみを煽る事を目的に作られたものです。
映画だけでなくローラ・ヒレンブランドの原作本からそうです。

日本兵は残忍、日本軍は組織全体として非人道的行為をやっていた、などなど大戦中の日本を邪悪evilとするのは大戦中の連合軍側プロパガンダであったが、70年経って長年同盟関係にある国同志でそんなプロパガンダが必要であるはずがない。

今そんなプロパガンダを必要としている勢力は中国・韓国・北朝鮮であり、
日米同盟を破綻に導き、日本を孤立化させる事が目的なのは明らかだ。



さてそんな不遜な目的に協力したのか率先して主導したのかは分からないが、
アンブロークン原作本には「日本側協力者」というのが居る。


UnbrokenUnbroken
(2011/01/20)
Laura Hillenbrand

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この「Unbroken」原作本の最後に著者ヒレンブランドはこう書いている

From the beginning of this project, I worked with two translators in Japan. They did so much more for me than mere translation, teaching me about their culture, helping me to understand the war from the Japanese perspective, and offering their thoughts on my manuscript. Because the war remains a highly controversial issue in Japan, they have asked me not to identify them, but I will never forget what they have done for me and for this book.

このプロジェクトの初めから、日本側から二人の翻訳家が参加してくれた。
その二人は単に翻訳するに留まらず多大な手助けーー
日本文化について教えてくれたり、日本側視点からの戦争理解、書いた原稿への感想を寄せてくれたりした。
日本ではあの戦争に触れるのは今も大変な論争の的となるという事で、その二人には名を明かさないようにと要請された。
けれども私がこの本を書くにあたって彼らが多大な貢献をしてくれた事を忘れる事は無い。



 正体を明かさない日本側協力者二人 とは一体誰なのか。

新華網 記事

笹本氏は『アンブロークン』の作家、ローラ・ヒレンブランド氏に執筆の参考となる一部の素材を提供しており、『アンブロークン』と深い縁がある。

笹本妙子という人物がその一人のようだ。
POW研究会 
笹本氏は↑ここのメンバーなので後一人もどうせここの誰かか、あるいは徳留絹枝、「捕虜 日米の対話」 辺りの人物だろうことは想像出来る。

この人らが「日本側から観た戦争理解」を提供したのだと。
何とも日本を冒涜する理解、捏造だらけの理解だこと!


あと一人、原作本巻末に引用元として出て来る資料の著者である田中利幸(別名 Yuki Tanaka)については次回に。







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「アンブロークン」・元捕虜と元看守の手紙

収容所 解放
(これは大森ではなくザンペリーニが最初に入れられた大船収容所・終戦で解放の時)


「アンブロークン」原作本・映画に関連して、捕虜収容所というのがどういうものであったか
それを知る手がかりの1つとなりそうな資料を。

ルイス・ザンペリーニが居た大森捕虜収容所の看守であった元軍曹・八藤雄一氏と元捕虜ロバート・マーチンデール氏 Robert R. Martindale の戦後50年経った頃の手紙やり取り記録がネット上に公開されています。

Letters between Mr. R. Martindale and 八藤雄一さん ←いきさつなど

マーティンデール氏と八藤雄一氏の手紙 ←書簡集へのリンク

(以下、私自身で訳させてもらいました)

1993年8月20日分 マーチンデール氏が出した手紙より抜粋

I had not seen or heard about the sentences given in the War Crimes traials until I received your letter.Personally,I believe many were too harsh : especially for Col.Suzuki and Col.Sakaba.Generally,I am not in favor of such trials as they can be so unfair,Perhaps they should only envolve the heads of government.

八藤さんからの手紙を受け取るまで、私は東京裁判の判決文を見聞きする事がありませんでした。
戦犯判決の多くは厳し過ぎるもので、特に鈴木大佐とサカバ大佐についてはそう思います。
大体において私はこんなに不当な裁判には賛成出来ません。
おそらく彼ら(戦犯とされた人達)は政府要人らの巻き添えになっただけです。


真ん中がその鈴木大佐
大森収容所 鈴木 クリックで拡大


I have not heard from Sam nor Nakajima-san in a very long time. In April,I sent each of them a copy of a book written by Frank Fujita, who was in Omori for a short time before being sent to Bunka(Propaganda Camp).As of now,I have not heard if they received the books. You may be interested in borrowing a book and reading it.

長らくサムや中島さんから音信はありません。
4月にはフランク・フジタ氏が書いた著書をお二人に送りました。フジタ氏は「文化収容所・プロパガンダのための収容所)に移送される前に短期間、大森キャンプに居た人です。
今の時点ではお二人がその本を受け取ったかどうか不明です。
八藤さんもその本に興味をお持ちと思います。


サムとフランク・フジタ(日系人?)が捕虜で「中村さん」は看守と思われます。

「文化収容所」というのは東京ローズで有名なラジオ放送を担当していた捕虜らが入っていた収容所で、ここに入れば厚遇されたらしい。
駿河台技術研究所(現お茶の水・文化学院)からの放送で、捕虜の為の宿舎が文化学院学校側にあったため「文化収容所」と呼ばれた。

wikiより

日本政府は大東亜戦争(太平洋戦争)中、「ラジオ・トウキョウ放送(現在のNHKワールド・ラジオ日本)」で、イギリス軍やアメリカ軍、オーストラリア軍をはじめとする連合国軍向けプロパガンダ放送を行っていた。捕虜から家族宛の手紙の紹介等をしていた


↓放送内容、捕虜の様子についてはこの本に詳しい。

プロパガンダ・ラジオ: 日米電波戦争 幻の録音テープ (単行本)プロパガンダ・ラジオ: 日米電波戦争 幻の録音テープ (単行本)
(2014/08/25)
渡辺 考

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私自身この本を読んだが、1943年頃にはいかにもなプロパガンダ文を読んだりするものではなく捕虜の手に委ねられる形でかなり自由だったようだ。
プロパガンダにしてもコント寸劇の形にしてみたり、文面も捕虜らの工夫によって宣伝工作であると分かるものになっていた。

放送を担当した人達は捕虜と言ってもアナウンサーから音響、音楽などほぼ専門家の集団であり、「アンブロークン」ではザンペリーニがプロパガンダ文章を読むよう強要されて拒否したと書かれているが、放送の素人でしかないザンペリーニの出る幕など無さそうに思えるのだが・・・ (ランナーとして有名だったから利用されかけた、とされている)


捕虜に纏わるこのような細かい資料を見て行くと、日本人でさえイメージする事の無い捕虜収容所の意外な一面が見えてきて興味深い。

「アンブロークン」はそんな一面を取り上げないばかりか、総てを悪意ある構成に変更・偏向している。






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