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朝日新聞、満鉄(今のデンツウ)、外務省ーー戦前から共産主義者の巣窟だった

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日本を大戦に追いやったのは敗戦赤化革命を狙う共産主義者ーーという説


告発 コミンテルンの戦争責任 近衛上奏文と皇道派告発 コミンテルンの戦争責任 近衛上奏文と皇道派
(2010/11/25)
山口富永

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日本はなぜ勝ち目のない戦争に誘導され、引きずり込まれ、一億玉砕寸前にまで追い込まれていったのか。
戦前から戦後に亘って政府、官僚、軍部内の中枢深く潜入しているコミンテルンの左翼陰謀を白日の下に暴き、遂にその真相に到る注目の書!
いま、日本と日本民族はまさしくその生死の巌頭に立たされているのである。このときにあたって、「近衛上奏文」のコミンテルンへの戦争責任の告発は、われわれに遺された歴史的教訓であることを忘れてはならないのである。―(本文より)



出版元は「国民新聞社」。
さすが国民新聞というか何というか・・とにかく物凄い本だ。
大して分厚くも無いのに内容が濃すぎて自分の浅い知識では付いて行きかねる。
私ごときの手に負えるものでも無いので、目次ほか重要と思われる部分を抜粋してみます。

目次
1. 昭和史研究のフロンティア コミンテルンの戦争責任告発
2. 天皇に奉呈した真崎勝次の「日支事変に関する所見」
3. 真崎大将の「国家改造」の意見書
4. 対ソ防衛に絞る国防方針 満州事変後の省部会議
5. 皇道派の世界情勢観
6. 永田軍務局長の下に作られた「戦争指導計画書」
7. 石原莞爾の政権奪取の構想 政治参謀の浅原健二、宮崎正義
8. 現存していた幻の「戦争指導計画書」
9. 真崎教育総監追放の陰謀 永田らの国府津の謀議
10.ドイツ留学した真崎少佐と永田大尉 異なる両者のドイツ観察観
11.野坂参三の対軍工作 「皇軍」を「紅軍」にする
12.レーニンの「砕氷船戦略」 根こそぎ浚(さら)われた統制派軍人
13.ゾルゲの情報源となった「朝飯会」 御前会議の内容筒抜け
14.政党と財界の癒着と腐敗 国家社会主義に傾斜していく将校たち
15.「国家社会主義」は日本精神に反する ファッショを排する真崎の思想
16.大政翼賛会に潜入していた赤色分子 半澤玉城の講演
17.治安維持法の改訂 偽装転向者、政治の中枢に潜る
18.風見章、武藤章、尾崎秀美の人脈
19.日ソ中立条約に懸念 近衛公、真崎の見解を求むる
20.ソ連頼みの鈴木内閣の和平工作 梅津参謀総長の「対ソ案」
21.皇道派史観を見直す新進気鋭の学者たち
22.立花隆の暴言 「真崎は平気で天皇にウソをついている」
23.秦郁彦、半藤一利、保阪正康らの「真崎観」について
24.立花隆の近衛の戦争責任論 岩淵辰雄の論文を引用
25.GHQの共産主義者(ピンコ)ノーマン
26.『真崎日記』に見る近衛上奏時の動向
27.近衛公の自決 真崎大将の在監日記
28.五味川純平の反国家、反軍の思想 対角線上の「皇道派」
29.国民新聞座談会 平成21年12月25日掲載
附 「近衛上奏文」 『亡国の回想』より
附 2・26事件に関する真崎大将の見解 『亡国の回想』より
附 末松太平の『2・26事件断章(その1)真崎大将の組閣説始末記』 



鋭い方はこの目次だけ見て、どんな意図の元に書かれた本か察せられると思います。
(私自身は無理ですが)
簡略化してしまうと稚拙な陰謀論のように聞こえてしまうけれど、あえて書いてみると
日本を大戦に追いやったのは敗戦赤化革命を狙う、軍部や外務省に巣食った共産主義者らである
になるでしょうか。

以下、近衛上奏文から一部を。
近衛上奏文 wiki ←クリックどうぞ

これら軍部内一部の革新論者の狙いは必ずしも共産革命にあらずとするも、これを取り巻く一部官僚及び民間有志(これを右翼というも可、左翼というも可なり、いわゆる右翼は国体の衣を着けたる共産主義者なり)は意識的に共産革命までひきづらんとする意図を内蔵し居り、無智単純なる軍人これに躍らされたりと見て大過なしと存じ候。

昨今戦局の危急を告ぐると共に一億玉砕を叫ぶ声次第に勢いを加えつつありと存候。かかる主張をなすものはいわゆる右翼者流なるも背後よりこれを扇動しつつあるは、これによりて国内を混乱に陥れ、遂に革命の目的を達せんとする共産革命分子なりと睨み居り候。



本書著者の主張は、近年、米英露でかつて機密とされていた文書(ヴェノナ文書、ロシア・グラスノスチによる情報公開、これら文書の開示を基にした『共産主義黒書』など)が公開開示されており、日本では「近衛上奏文」も見直されるべきと説いている。

この説や本書についての感想などは、もう少し自分で調べた上でまた後日書きます。





『春の雪』徳永英明  ベタだけどいい曲

徳永英明の熱心なファンというわけではないですが、いつ聞いてもこの人の歌は味があっていいです。
カバー曲がたくさんあるけれどオリジナルの↓この曲が一番好きです。
ドラマ(昼メロ)「さくら心中」の主題歌。

徳永英明 『春の雪』
  



 心だけはどこにでも 自由に飛んで行けるから
 大切なことは君自身が いつも幸せであること
 
 白い雪がすべてを隠し 遠い足跡消してゆくなら
 ずっと忘れないよう今を 春の雪に閉じこめていって


ベタと言えばベタだけれど、昭和の香りたっぷりでオーソドックスな悲恋ものによく合う。
離れていても君が幸せであればいい、遠くで見守ってる
って胸キュンじゃないですか~こういうのにおばさんは弱いんです~。

政治や社会情勢で憤っていつもぷんぷんしてる訳にもいかないので、こういうのを聞いて邪気を払わないと。(大げさ)
合わせて鼻歌歌ってたらうちのネコ、甘えてきてグルグル言い出します。
お~そうか~そんなにかあちゃんの歌が好きなのか~

   92.jpg
   (ささみ入りまぐろ缶くれるから鼻歌くらい我慢して聞いてやるにゃ)





初代日産セドリック1960年

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今更ながら「富田メモ」ーーマルクス主義とスパイに毒されていた外務省

まず初めに参考にした一冊を出しておきます。

外務省の大罪―幻の宣戦布告外務省の大罪―幻の宣戦布告
(2001/12)
森 清勇

商品詳細を見る


内容
日米開戦の真実。やむなく日米開戦に踏み切らせたのは、ほかならぬ外務省である。外務省は「真珠湾騙し討ち」を仕組み、いまなお国民を騙し続けている。
「卑怯な国」「リメンバー・パールハーバー」といった太平洋戦争時の日本についての糾弾の根源は外務省の覚書の手交遅延と内容不備にあった。出先機関の怠慢や軍部の圧力に原因と責任を転嫁してきた外務省の責任を問う。



ここで言われる「外務省の遅延と不備」とは一般によく言われる駐米大使館職員が前夜に酔っ払って遅刻しただの、そういう類ではない。
内容については後ほど。

富田メモ wiki クリックどうぞ
(ここを読んで下さっている読者さんには紹介するまでも無いですが一応)

私は或る時に、A級が合祀され
その上 松岡、白鳥までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ



私自身はこんな物は言葉の用法からしてデッチアゲか、あるいは多分徳川侍従長の言葉をメモしたのではないかと思っている。
けれど取りあえず仮定として真実昭和帝のお言葉として決めつけるとして、それでもサヨクらが解釈するのとは別の意味にしか取れない。
軍人のみが祀られるはずの靖国神社に文官が合祀された点も重要だが、文官であること自体よりもっと大きな問題を孕んでいる。

松岡と白鳥とは松岡洋右と白鳥敏夫のこと。
彼らはいわゆる革新官僚と言われた人達だ。
革新官僚 wiki

モデルはソ連の計画経済であり、秘密裡にはマルクス主義が研究されていた。現に革新官僚たちはソ連の五カ年計画方式を導入した。革新的・社会主義的な立案を行ったため、「共産主義」として小林一三らの財界人や平沼騏一郎ら右翼勢力から強い反発を受け、1941年に企画院事件を生じた。



第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
(2007/05)
平間 洋一

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(↑これを是非読みたいのですが、貴重絶版として高価で手が出ない・・)

内容:
第二次世界大戦への道程と、敗戦後の日本の現状をコミンテルンの視点で分析した。コミンテルンを加味した歴史が新しい視点を提供するであろう。
また、戦前の日本の対外政策は陸軍主導ではあったが、常に陸・海・外の三省が調整して国策を決めていた。時には松岡洋右や白鳥敏夫などに代表される革新官僚が大きな影響を与えた。これら革新官僚の戦後の外務省史観の形成に対する責任の追求は隠蔽され改竄されている。タブー視されてきた外務省の戦争責任や東京裁判史観への責任を明らかにした。



有難いことに読書感想文としてこの本の概略を書いてくれているページがあったのでリンク張らせてもらいます。
内容概略

昭和16年、松岡はスターリンとの会見の際「日本人は道徳的には共産主義者であり、それを破壊したアングロサクソンの資本主義と闘っている。アングロサクソンこそ日独伊、それにソ連の共通の敵である。」と語ったと言う。

松岡がマルクス主義に傾倒していたのは殆ど間違いないのではないか。
最右翼と言われる人間が実は左翼であったという・・・
(現在もそうだが、極度の右翼は売国左翼となるのは自明の理なのか。そもそもが世界レベルで見ても狂信的右翼とは革命闘争側の工作手法の一つと見えなくもない。

白鳥敏夫について詳細を知らないので書けませんが、この本にはたっぷり書かれてあるらしい。
(高価でもやっぱり買おうかなあ・・)

昭和天皇が「松岡、白取までもが」とおっしゃったとするなら、それがために靖国御親拝を避けられた事が本当なら、↑ここにこそ原因があったのではないか。
「外務官僚の大罪」がため、もっと突き詰めると「工作員であったから」ではないかと。

ここから最初に出した本「外務省の大罪」に行きます。
富田メモがガセとしても昭和帝はいわゆる革新官僚の松岡と白鳥を好んでおられなかったのは事実らしい。
けれど昭和帝は東郷茂徳だけは信頼しておられたようなのはなぜだろう。

東郷茂徳を調べていると戦前~対米開戦~終戦~東京裁判での言動が疑問符だらけになる。
本書では東京裁判における東郷の発言を多く取り上げている。
東郷は靖国神社に祀られている昭和殉難者(いわゆるA級戦犯)だが、死刑判決は受けておらず懲役20年の中で服役中に病死した。(獄中死と言えども東大病院に移され手厚い看護は受けている)
開戦と終戦の外務大臣でありながら死刑判決とならなかったのはスターリンの助言によるとも言われている。

私が思うに松岡や白鳥もだが東郷は本丸ではないのか。

以下本書より少し抜粋します。

P114

今日でこそ、「ハル・ノート」を「破壊的」(加藤俊一)だの「最後通牒に等しい」(東郷茂徳)だのと言うが、当時のハル長官が両大使に渡したものは、あくまでも「試案にして拘束力無し」のものでしかなかったのである。
田岡良一京大教授は「相手国の譲歩の意思の有無を最後的に確かめようとするソメーション(だめ押し的警告)であった。



P116

ハル・ノートを突き付けられた軍部は「喜んだ」といかにも戦争を待っていたかのように歴史家たちは言うが、誤解もはなはだしい。それは「迷いが吹っ切れた」というだけのことでしかない。



P132

東京裁判の東郷口述書では「ハル・ノートは交渉経過から見て最後通牒であり、こうしたものが来た以上、日本は自衛のために立ち上がるのであり、自衛のためならば無通告で攻撃をしてもよいとの考え」を述べている。

(実際は無通告どころか裏通告らしきをやっていたようだが)

P219

日本国内においても、勝者の裁判が見られた。勝者は進歩的文化人であり、軍人以外の全てと言ってよかった。なかでも外交関係者の軍部・軍人に対する糾弾は著しかった。
軍人たちが潔く罪を認めたのに対し、また真相は後世の批判研究に待つとして沈黙を守ったのに対し、外交関係者は本人ばかりでなく子や孫までが誇大に潔白を言いつのってきた。
いま、眼光紙背に徹して見ると、国民や国家に与えた損害は外交関係者の失策によるほうが大きかったのではないかとさえ思われる。それ故に、親たちの弁護に熱中する「真珠湾の親子鷹」に接するにつけ、その狭量さを思わずにおれない。



P220

大東亜戦争の開戦時と終戦時の外務大臣は東郷茂徳であった。彼は『時代の一面』という手記を残した。(中略)
その序で西春彦(開戦時の外務次官)は「強烈な平和の追求と記録の正確さは、この書の特色というべきであろう」と賛辞を述べている。(中略)
「記録の正確さ」となると首をかしげざるを得ない。具体的に検証してきたところである。



P235

米国の「戦争準備」が整ってきたのが、1941年後半であったのだ。どこまでも「米国によって仕組まれた戦争」であった。この事実を転化して、外務省が敵を国内に見つけようとし続けるところに最大の矛盾があり、国民に対して隠蔽し続けなければならない「外務省の大罪」がある。



暗号名エコノミストと呼ばれるスパイが日本政府内に潜んでおり御前会議の内容までソ連とアメリカに筒抜けだったのは確かなようです・・・




追記

大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 (自由選書)大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 (自由選書)
(1987/01)
三田村 武夫

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岸信介の推薦文

知友のラジオ日本社長、遠山景久君が、某日
『岸先生、大変な本を見付けました。是非第一読下さい』と持参されたのが、この三田村武夫氏の著書であった。
読む程に、私は、思わず、ウーンと唸ること屡々であった。

支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。

近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということになる。
 
私は東京裁判でA級戦犯として戦争責任を追及されたが、今、思うに東京裁判の被告席に座るべき真の戦争犯罪人は、スターリンでなければならない。
然るに、このスターリンの部下が、東京裁判の検事となり、判事をつとめたのだから、まことに茶番というほかはない。

この本を読めば、共産主義が如何に右翼、軍部を自家薬籠中のものにしたかがよく判る。
何故それが出来たのか、誰しも疑問に思うところであろう。
然し、考えてみれば、本来この両者(右翼と左翼)、共に全体主義であり、一党独裁・計画経済を基本としている点では同類である。
当時、戦争遂行のために軍部がとった政治は、まさに一党独裁(翼賛政治)、計画経済(国家総動員法→生産統制と配給制)であり、驚くべき程、今日のソ連体制と類似している。
ここに、先述の疑問を解く鍵があるように思われる。

国際共産主義の目的は、この著書でも指摘しているように、大東亜戦争の終結以降は筋書どおりにはいかず、日本の共産化は実らなかったものの、国際共産主義の世界赤化戦略だけは、戦前から今日まで一貫して、間断なく続いていること知らなければならない。

往年のラストボロフ事件、又、最近のレフチェンコ事件などは、ほんの氷山の一角にすぎないのであろう。
これを食い止めるには、自由主義体制を執るすべての国家が連帯して、自由と民主主義をがっちりと守り、敵の一党独裁・計画経済に対するに、複数政党・市場経済の社会を死守することである。

私は、私自身の反省を込めて、以上のことを強調したい。
また、このショッキングな本が、もっともっと多くの人々に読まれることを心から望む次第である。





スターリンをはじめとする現在も裏で蠢く国際共産主義とは階級闘争でもなく
・目的のためには手段を選ばず
・同調しない人間(国)は虫けらの如く扱う
・卑怯になる程、益を得る

に集約される。
オーウェルの「1984」の世界。

現在慰安婦だの南京虐殺だの捕鯨反対だのやっている反日勢力が正にこれだ。
自らがやった事を他に転嫁するという卑怯千万な手法であろうが良心の欠片も痛まないのがいわゆる共産主義者だ。
日本は真の敵をしっかり見据えねばならないと思う。





欺瞞リベラル勢力 と真っ当日本人との心理戦

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玄洋社とは・不満士族の革命だったのか?

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テキサス親父の活動は日本のためだけじゃなく

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批判されているのは「追い込み漁法」であって「イルカ漁」そのものではない点

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小野田さん著書に書かれてある「満州に亡命政府」

昨日のエントリー記事 クリックどうぞ

「満州に大日本帝国亡命政府があると信じて戦った」とタイトルに入れましたが、ソースを示してなかったので以下書いておきます。


小野田寛郎著 「たった一人の30年戦争」より (Amazonから張れません、不具合?)

本文36頁

参謀部から聞かされた今後の戦局推移を基に、わたしなりに日本の現状を推論すると、日本本土には米占領軍のカイライ政権が誕生、アメリカ式民主主義に衣替えしたようだ。だが、あくまで大東亜共栄圏確立を目指す真の日本政府は満州に樹立され、戦争を続行している。

大陸の日本新政府は、毛沢東の中共軍と相いれない蒋介石政権と軍事同盟を結び共同戦線を張っている。満州国、ジャワ、スマトラなどが同盟国で、インドもチャンドラ・ボースが首相になって独立を果たし、友好国になっているかも知れない。



これを読んで「情報将校のくせに終戦を察知できなかった」と誰が言えるだろう。
ソ連の不当な参戦さえなければ実際に起こり得たことではないのか。


同じく本文36頁

私は陸軍中野学校で「大東亜共栄圏完成には百年戦争が必要だ」と教え込まれてきた。(中略)
アメリカは民主主義の国だ。戦争がいつ果てるともない泥沼状態と化し、兵が死に、国民生活が疲弊すれば、アメリカ与論は反戦厭戦に傾く。
日本はそれを計算し、降伏でなく条件講和に持ち込む戦略だ、と考えていた。



この部分、ベトコン(←これは蔑称らしいので南ベトナム民族解放戦線)の事を言ってるかと錯覚するくらいだ。
ベトコン自体が残留日本兵が指導したとか加わっていたとかの噂もあるが・・
しかし100年戦争とは驚く。
これも又、現在から見て無碍に笑い飛ばせることだろうか。
亡命政府などどこにも無いとしても自らの憲法を持つ真の独立国を取り戻す闘いは現に今も続いている。
アジア全体を見ても同じ。
中野学校というところは現在の日本人が想像も出来ない位の先見性があったのか。

ジャングルの30年は一個人の生活史としてはとてつもなく長い時間だっただろうが、小野田さんご自身の俯瞰的な視点では「最低100年はかかる闘いのほんの一期間を闘っているだけ」だったのかも知れない・・・。






小野田さんが亡くなられたーー満州に大日本帝国亡命政府があると信じて戦った

小野田寛郎さん死去、終戦知らずルバング島30年間潜伏 自然塾で育成に尽力

小野田さんが亡くなられた・・
この方だけはまるで不死身のように感じてしまって亡くなるなど想像出来なかった。
潜伏30年戦い続けた人、というより近年は貴重な語り部であると尊敬申し上げていた。

↓靖国神社追悼集会での小野田さんのスピーチ、何度聞いても胸に迫ってくる。

平成23年8/15戦歿者追悼中央集会(小野田寛郎氏)




上の記事タイトルにもあるが、一般に小野田さんは終戦を知らなかったと言われているが普通の意味での終戦=敗戦は知っていたようだ。
投下された新聞雑誌などで詳しく知っておられた。

ただ、小野田さんの中では戦争は終わっていなかった。
敗戦後の日本はアメリカの傀儡政府であり、本物の大日本帝国は満州周辺に存続して戦い続けていると信じていた。
中野学校で密かに、敗戦となるような事があれば満州に亡命政府を作る計画を聞かされていたらしい。


この辺りはwikiには書かれているが、一般には殆ど知られてないのではないか。
投下される新聞などあったのに信じなかったのは融通の利かない軍人気質のためなど書かれることもあった。
そんな浅いものではない。
普通に考えると非現実的な亡命政府の想定も考えようによっては、事実ではないとしてもある種の真実・真髄がそこにあるような気がする。


出来ることならそう遠くない将来、日本人自身の手に拠る新しい日本国憲法が成り本来の日本を取り戻すであろう瞬間を見ていただきたかった。

小野田寛郎さんのご冥福をお祈りいたします。
合掌。






中国が出した「日本軍残虐行為」の資料ーー自ら墓穴掘ってます

旧日本兵が手紙で残虐行為に対する耐え難い思いを吐露、「子どもまで皆殺しにした」「強姦は日常茶飯事」―中国紙 クリックどうぞ 「新華経済」の記事

中国吉林省档案館(資料館)で新たに発見された旧日本軍が残した資料の中から、旧日本兵が書いた手紙が大量に見つかった。婦女暴行や子どもの虐殺などの残虐行為に対する耐えがたい思いを吐露した内容。これも旧日本軍の犯罪行為をあらわにする新たな証拠となった。13日付で東方早報が伝えた。


この記事中に3枚だけ資料写真が載っているが、タイトルにあるような手紙ではなく通達文書のようで、一枚は関東軍治安工作要領、一枚は特高警察機構の拡充云々と書かれてあるだけの文書。あと一枚は靖国神社臨時大祭行事に関する命令書。
特にどうという事はない物ばかりをわざわざ公開しているのはどうしてだ?



記事にはこんなことが書かれている。↓

1938年6月8日付で奉天工藤部隊所属の日本兵が妻に宛てた手紙には、「国境付近でロシア人に代わって警備していた同僚によると、強姦は日常茶飯事で、言葉の問題からその対象は満州の女性ばかりのようだ。昼も夜も強姦は行われ、数百人の男に強姦された女性も多いらしい・・・」とつづられている。



検閲に引っ掛かった手紙の内容らしく、「強姦は日常茶飯事」の主語が抜けているがどう考えても中国人朝鮮人現地人の盗賊匪賊の類だ。
満洲国境辺りで匪賊による非道行為があったことはよく知られている事じゃないか。


記事では「日本兵が強姦」と持って行っているが、日本兵が妻へ宛てた手紙で身内の強姦など書くというのか?
警備に当たった日本人は同じ日本人を捕まえるために警備してるのか?
数百人の「男」に、と書かれてもいる。「男」イコール日本兵と読めるなら中国人の日本語解析能力はいったいどうなってる。

結局この手紙が本当だとしたら、中国人(か朝鮮人あるいはロシア人)に拠る非道行為が多数あったと自ら墓穴掘っているようなものだ。中国がそこまで馬鹿だったとは。


以下のはどうだろう。

1938年3月12日付で旧日本軍華中萩洲部隊に所属していた日本兵が記した手紙には、「かわいそうなのは現地の庶民だ。皆殺しにしろという命令を受け、子どもには同情の念が沸いたが、涙ながらに殺した」と書かれている。



庶民というよりゲリラか便衣兵集団か。
シナ戦線では捕虜にしてみたら少年というより子供の兵士が多く居たというから子供でも油断ならなかったのか。
元の文章そのものの画像を出してくれないと分からない。

とにかく証拠資料だと言うなら、きちんと総てを公開すべきだ。




インディアンの見た幕末の日本 「マクドナルド・日本回想記」

マクドナルド「日本回想記」―インディアンの見た幕末の日本 (刀水歴史全書 5 歴史・民族・文明)マクドナルド「日本回想記」―インディアンの見た幕末の日本 (刀水歴史全書 5 歴史・民族・文明)
(1993/01)
マクドナルド

商品詳細を見る



↓参考書籍
英学の祖―オレゴンのマクドナルドの生涯 (東西交流叢書 (6))英学の祖―オレゴンのマクドナルドの生涯 (東西交流叢書 (6))
(1997/11/14)
エヴァ・エミリ・ダイ

商品詳細を見る


ラナルド・マクドナルド wiki   クリックどうぞ


 マクドナルド「日本回想記」
主要目次
1章 はじめに―19世紀北米コロンビア川流域のインディアンと白人
 2章 生い立ち
 3章 青春時代―レッド・リヴァからセント・トーマスへ
 4章 日本渡航の志
 5章 ハワイ諸島から日本へ
 6章 焼尻島から利尻島へ
 7章 利尻島にて
 8章 利尻島から宗谷へ
 9章 宗谷から松前へ
10章 江良町村から長崎へ
11章 長崎へ上陸
12章 長崎奉行所
13章 長崎での監禁生活―日本最初の英語教師
14章 座敷牢から見た日本
15章 後日談
16章 私の果した役割―自己評価と日本人による評価
17章 思い出の人びと




ラナルドは鎖国時代の「神秘の国・日本」への憧れを抱き、捕鯨船水夫として日本海側まで辿り着き捕鯨母船から離れ遭難者を装い日本侵入を果たす。
もちろん日本に於いては不法侵入者であり取り調べののち監禁生活となる。
けれど一般的イメージとしての「監禁生活」「奉行取り調べ」「座敷牢」だけの生活ではなかった。
ラナルドは事の初めから日本人から「肝っ玉の太いやつ」と呆れ交じりの賞賛と敬意を得る。
母船から意図的に離れたという冒険的気概に対して、そして自らの信念を曲げずに長崎奉行に対して「頭が高い」まま接したことで、役人や奉行自身から一種の賞賛と承認を得る。

言葉が通じない中で日本人とラナルドとの間に信頼関係が生じていく様子が面白い。

検分のため松前に移送された時にラナルドを見た役人が最初に発した言葉が「日本人じゃないか!」。
母方祖父が北米インディアン・チヌーク族族長であり、父方はアイルランド系の混血、本書にも載っているラナルドの容貌を見ると確かに幕末~明治人にありがちな、ちょっと濃い系の日本人と殆ど変らないので役人が驚くのも当然か。
母国において混血であることに葛藤があったラナルドはこの役人の言葉が嬉しくイコール受容されたと感じたようだ。
こういう些細な事の連続からもラナルドは「囚人」でありながらも日本・日本人への信頼を深くしていく。

待遇はラナルド本人が「貴族階級になったかのよう」と言うほど好待遇であった。
自分がオープンで品性を良くしようとしたからだと書いているが、日本側の資料では当時の他の漂着欧米人に対しても同様に接遇していた。
面白いのが、役人が「脱走しようとした不法入国者の誰それは首を掻っ切られたぞ」と警告するのだが、実際には首を切られたという本人は好待遇を受け生きていた。
他にも似たような事が書かれてあるが、当時の日本人は警告のためだろうが現実離れした厳罰を課したとデッチアゲる癖があったのではないかと思ってしまう。
ラナルドも当時のアメリカでは日本に侵入しようとすればとんでもない悲惨な目に合わされると噂されていたと書いている。
実際は欧米人には肉食も工面してやるし、(キリスト教は禁教であったはずなのに)ラナルド所有の聖書を持つ時には大切に両手で捧げ持ち、座敷牢には祭壇らしきものまで作ってやっている。
キリスト像の「絵踏」は為されたが、プロテスタントのラナルドは何の抵抗も無く踏んでいるのも面白い。



ラナルドに拠る日本人論がかなり興味深く長くなるのでまた後日取り上げます。




中国人による韓国観がなかなか面白い

韓国人の強烈な「反日」は中国人を陥れるため!?「6つの理由」をネットユーザーも支持―中国 yahoo記事 クリックどうぞ

↑この記事のタイトルだけを見た時に「日中仲違いさせ漁夫の利を得ようとしている」的な事だろうかと予想したが、本文を読んで驚いた。
ここまで考える中国人がいたとは。

1.韓国人が故意に反日を演じる目的は中国人を刺激すること。日中問題を激化させれば、韓国は漁夫の利を得られるわけだ。車、携帯電話、ドラマ、レストランと中国の街には韓国のものだらけ。韓国人は中国人を騙しているのだ。

2.第2次大戦時に日本の軍服を着て中国人を殺した罪を隠すため。

3.韓国人が中国の蘇岩礁にある排他的経済水域を占有するため。

4.朝鮮人はこの200年、ロシア人と結託して東アジアで大量の暗殺、爆破事件を起こし、日中関係に混乱を起こした。この罪を隠し、中国人を騙すために、必死に反日を演じるのだ。

5.反日を演じれば韓国人は楽に中国の政府と結託することができ、中国の資源を略奪するとともに環境を汚染させることができるため。

6.韓国人が北朝鮮と結託して、中国人向けの核兵器を開発するため。



6項目全てなかなか鋭い所を付いてるのではないか。
特に2.は、韓国が必死で隠そうとしている事だ。
徴兵されたの連行されたの騙されたのと言い訳しているが、中国には事実に気付いている人はいるようだ。

高麗棒子との言葉は中国人が朝鮮人を蔑視する時に使うらしいが、語源は別として併合時代の朝鮮人についても中国人はそう呼んでいた。
↓wikiより

満州国では警察官に朝鮮人も採用していた。朝鮮人警察官は、主に朝鮮で洗濯に使う棒を武器として警備をし、事実上の支配国であった日本の威を借りて横暴な態度を取っていたため、現地の中国人達は警官の携帯する武器の棒より「高麗棒子」と蔑称した。



日本から見ればどっちもどっち、中国が言えたことか!と思わなくは無いが視点としては面白い。

韓国朝鮮が戦前日本に拠る「被害者」ではない事は近いうちに国際社会がはっきりと思い出すのではないだろうか。
オーストリアは戦後しばらくは被害者面していたが、ドイツと一心同体だった事は欧州の誰もが知って居た。
韓国朝鮮がどういう立場だったか欧米はもちろん中国も忘れているというか、対日カードとして韓国が使えるからか、忘れたフリをしてきた。
けれど韓国が「使えないやつ」となった時、忘れられていた記憶は表に引き出される。
日本と共に加害者であったというのでなく朝鮮人が虎の威を借りて横暴をやっていた記憶。
希望的観測は良くないが、韓国の暴走的反日は遠からず自らの墓穴を掘ることになるだろうと思う。



しかしそういう中国も相変わらず韓国に劣らず反日が暴走しまくっている。
以下二つの記事

慰安婦を対日カード化か 中国、新資料発見と報道

吉林で新たな「731部隊」関連資料発見、移送や人体実験の実情が明らかに―中国

ペスト研究を進めるため市民にネズミ取り器2万個を配布し、9万匹の生きた鼠を捕獲したことが明らかになったと伝えた。



↑こんな非科学的な話が通用すると思ってるとしたら中国も堕ちる所まで堕ちた。
研究に9万匹の鼠が必要とは、いったいどんな世界だ!
そもそもがいまだに家畜と人間生活の境も無く、衛生概念の遅れのために新しい感染症や新型インフルエンザが生まれてしまう国。
今も731部隊の亡霊が細菌戦やってるとでも言うのでしょうかねえ。

上記の慰安婦資料と言われる物も一部画像が出ていたが、「日本軍将校に惚れた慰安婦が転地先まで付いて廻った」などだった。強制連行らしき証拠などどこにも無いと思われる。


そんなこんなで中国と韓国は反日合戦でもやってるみたいだ。
しかも益々エスカレートして墓穴を掘るようなおバカ路線まっしぐら。
このまま両者頑張って、もっともっとエスカレートさせてトンデモ反日をやってほしいくらいだ。





アメリカという国を考え直す時期だと思う

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