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「なぜ加害を語るのか」(撫順での思想改造)

先日の続きを。

なぜ加害を語るのか 中国帰還者連絡会の戦後史 (岩波ブックレット)なぜ加害を語るのか 中国帰還者連絡会の戦後史 (岩波ブックレット)
(2005/08/05)
熊谷 伸一郎

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「なぜ加害を語るのか」 熊谷伸一郎 (先日の記事)

「撫順戦犯管理所」に抑留されていた元軍人兵士や満州国官僚らが帰国した1956年、その直後に「洗脳」について取り上げたのは何と朝日新聞・天声人語だった。
(一部引用)「英語でブレーンウォッシングと言い、中国で作られた言葉。{戦犯}たちはやはり洗脳の洗礼を受けたのではないかと思わせられる。社会から隔離されて朝から晩まで繰り返し{学習}させられたら、大概の人間は同じ鋳型にはめこまれるだろう。」と。
それが70年代になると本多勝一に与して大々的に「日本軍の悪行」を宣伝し始めるのだから、朝日は常に過去の自分を(意図的に)忘れていく。


「三光」(殺しつくす、奪いつくす、焼き尽くす)なる中国語の言葉そのままの帰還者証言集が出されたのは1957年。
中国八路軍の非道作戦をそのまま日本軍のものとして転嫁、すり替えた言葉「三光」が出てきたのはここが発端か。
この冊子を企画したのは光文社社長・神吉晴夫だ。
ところが増刷しようかと言うときに神吉は拒否したという。著者は右翼からの妨害があったと書くが、実際は神吉自身が事の真相に気付いたのではないだろうか。


60年代中国で文化大革命が起こり、その間は中帰連は毛沢東擁護派と批判派(こちらは日本共産党が付く)に分裂し、活動も鈍っていた。
この本には書かれていないが、70年代前半に本多勝一が中帰連への聞き取りや中国への取材で「中国への旅」「天皇の軍隊」を書き、それが国内広く知られる切っ掛けとなったようだ。

本書では具体的な人物名を出し、帰国後の活動や証言を紹介している。
なかでも藤田茂・陸軍中将は撫順抑留の初め、なぜ自分らが戦犯なのか、毛沢東に合わせろ、と主張したり典型的な日本軍人だったそうだ。撫順に移送される前のシベリアでの5年間の抑留の間にも「思想改造」に嵌らなかった事を意味する。
ところが、瀋陽での軍事法廷で「被害者」であるという老婆の怒り憎しみに接して反省の様子を見せ始めたという。
そこからは改心したリーダーとなってしまった。
他にも心優しくはあるが憲兵としてスパイ摘発などに優秀だった人も同じ。
このように意志が強固な人ほど一旦嵌められるとあとは転がるように改造のトップに立ってしまう傾向があるようだ。

毛沢東らは1930年頃には既に捕虜に巧妙な洗脳を施す事をやっており、終戦前後には日本人の弱点まで見抜き、洗脳手法はより洗練されていった。
捕虜にした林航空隊に対して初めは酷い環境に置き拷問もしていたようだが、それで意志を曲げる者はいない。
ところが寛容に出ればその途端日本兵が懐柔するのを見抜いたのだ。
日本人は寛大さを示したり、(自演であっても)恩情をかけるフリをすれば一発だ、とほくそ笑んだ事だろう。
命を奪おうとしても拷問にかけても強固な意志が揺らぐことのない軍人が、怪我の手当てをしてやるだけで懐柔するのだから。

「地獄に落としてから仏を見せる」が洗脳の基本となった。
日本人は恩義に弱いというのも利用されている。
これはスターリンでさえ見抜けなかったことだ。実際長年のシベリア抑留でも赤化洗脳を受けたフリをしていただけと言う人は多い。
ところが中国抑留者の多数がまんまと嵌ってしまっているのだ。しかも生涯に渡って続き、覚める事は殆ど無い。


それといくら意志の固い人であっても本能的な心理反応を利用されては抵抗できるものでもない。
ストックホルム症候群のようなものに陥ってしまったことも考えられる。


ところで撫順管理所において職員=教師でもあり世話係でもあり通訳でもある中国人は、殆どが朝鮮族だったらしい。
日本語教育を受けた経験がある上に、朝鮮人の性向を見抜いてのことだろうか、周恩来がそこまで考えて管理しようとしていたのはさすがと言えばさすが。

朝鮮人職員の方は日本人の、元は偉い軍人や官僚の命運が我が手のうちに委ねられるというので、さぞ満足だったんだろう。
帰国者と朝鮮人職員らとの交流はお互いが老齢死去するまで続く。「永遠の友」として日中を行き来し交流していた。
ぞっとする光景だ。

中帰連は洗脳改造を受けた撫順戦犯管理所に1988年、自分らの金とカンパ1500万円注ぎ込み「謝罪碑」を建てた。
「私たちの凶手に倒れた中国愛国烈士・平和人民の霊を弔い、同時に過ちを再び犯さない決意」を表明する証として。

平和人民だって? 彼らは帰還直後から中国人がいかに人道的で平和を愛する人民であるかと強調していたが、帰国した1956年はちょうど人民解放軍がチベット東部より侵攻し始めた頃だ。
当時は知らなかったとは言え、現在に至るまでチベットの実情を知ろうとしなかったのか、知っても覚めることなど叶わなかったのか・・。

中帰連の会員も老齢となり生涯本来の精神を取り戻すこともなく逝く人が殆どなのだが、死に際して意識朦朧としながら「よく頑張った!」とはっきり口にした人がいるという。
去り際の言葉を解釈など出来るものではないが、本来の軍人精神を最後の瞬間に取り戻して部下を労っているか、自らを労ったかと私は思いたい。
そうでないと生涯を中国共産党プロパガンダの毒牙に侵されたまま逝くというのは酷過ぎる。


撫順での思想改造と中帰連を検証した本↓もまた後日再度取り上げようと思います。

「天皇の軍隊」を改造せよ: 毛沢東の隠された息子たち「天皇の軍隊」を改造せよ: 毛沢東の隠された息子たち
(2012/02/08)
高尾 栄司

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コメント

このテーマは重要

紺屋の鼠様
生涯を中国共産党プロパガンダの毒牙に侵されたまま逝くというのは酷過ぎる。そのとおり!
胸が潰れる思いがします。立派な軍人ほど、最後の最後まで苦しみ抜き、夜中にうなされ、日本人である自分を呪ったことでしょう。洗脳とは本当に恐ろしい。中国が日本人を改造した独特の残虐な人間否定で、mind controlとは全く違う次元の悪魔的所業です。昨日たまたまこういうものをみました。
http://www.youtube.com/watch?v=qL28CSuI1OA
「帰国者と朝鮮人職員らとの交流はお互いが老齢死去するまで続く。「永遠の友」として日中を行き来し交流していた。
ぞっとする光景だ。」そのとおり!
ところでこれですけどね
私たちの凶手に倒れた中国愛国烈士・平和人民の霊を弔い、同時に過ちを再び犯さない決意
広島の石碑を思い出します。主語は同じだと思います。同じでないとしたら、自ら頭を開頭してその中にホースを突っ込んで水をかけている人が、戦後日本の核となる中枢に大勢いたのですよ。権力の側に。
そうでないとしたら、あんな石碑を誰が建てますか、置きますか、そのままにしますか?

>ブリュッセルさん

いつもコメントありがとうございます。

そうです。軍人として立派なだけでなく、律儀であったり恩義に堅い人ほど嵌められ易いのです。
その点で中国人朝鮮人には効かない洗脳法でしょう。

youtube動画見ました。国共内戦の事のようですが、前述「天皇の軍隊を改造せよ」に拠るとシナ事変の早い時点から、日本兵の拉致捕獲し「改造」したり、自ら望んで八路軍志願した日本人もあったようです。
動画に出てくる人たちは15歳で捕えられとあるので大陸に居た軍属か民間人かだったのでしょうね。
これについて又書きます。

自らブレインウォッシュというのは、いったい何がそうさせるのでしょう。
原爆碑の「過ち」は「どこかでミスして連合軍の制裁や罠に勝てなかった」「二度と負けにはしない」を意味するならまだ分かるんですが。
戦後の中枢、そうですね。名指しされる政治家やマスコミ企業は割とありますが、最近私は岩波書店の罪の大きさに注目しています。

コメント、場所を変えての追記です

紺屋の鼠様
あなたを応援するペイジを見つけましたので以下に記します。
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/suzuki-117sidantyo/suzuki-hiraku.html
http://www.youtube.com/watch?v=RAdq0kAn24o&v3
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/index.html
それとNHKから中帰連の同調者を追い出さなければいけませんね。そもそも検証もしないで放送するのだから、話にならない。
日本人の過半数は中帰連・NHKの連合軍に洗脳されていますね。
撫順での思想改造は強力だったと思いますが、拘束的環境から解放されれば、mind controlならば、少しづつ溶けるのですけどね。仮に過去に薬物漬けにされていようと。
何度も中国に戻って交流を温める人は、ひょっとしたら帰国後もずっとその活動に一人一人監視がつき、両手も財布の紐で縛られていたのかもしれませんね。活動家として生きる以外になかった。それが残された唯一の就職口だったのかも。
何人とは具体的に報道されていませんが、思想改造の最中に自殺した日本人の方々、本当に気の毒でなりません。国家が名誉の回復をして差し上げ、戦後何年も捕虜のまま放置したことに申し訳ないと頭をたれ、その命の自己犠牲に何らかの形で報いなければなりませんね。国家の国民に対する誠意の度合いは、そういうところで一番露骨に見えてくる、と思われませんか?

>ブリュッセルさん

何か大事な事を忘れている気持ち悪さがあったんですが、田辺敏雄氏でした!
ボケボケになってますね、書いて下さって助かりました。
田辺氏のHP,資料、紹介して下さって思い出しました。
以前の記事↓
http://koyanonezumi.blog.fc2.com/blog-entry-41.html
ここで田辺敏雄・著「検証 旧日本軍の{悪行} 歪められた歴史像を見直す」を取り上げたんですが、再度取り上げるべきでした。資料本の中では一番貴重で外せないものです。(なのに忘れていたとは・・)

そうですね、帰還した人達が生涯通じておかしくなったのは、「協力者」が張り付いていたのでしょうね。ここぞとばかり食らい付いた奴らが見えてくる気がします。
国側としては公安が監視していたようですが、監視ではダメです。ケアをしないと。
ここですよ日本の欠点・盲点は。
朝鮮戦争で北(=中国軍)に捕まり1年洗脳を受け帰還した米兵らは「アメリカが化学兵器を使った」と証言したが、それを米軍はケアし検証し、事実でないと証明、脱洗脳までやった。
これ前にも書きましたね。日本がダメな処はこれです。
ここをきちんとやって名誉回復すべきを回復し、現在将来の心理戦情報戦に備えなければならないのに。
左翼「文化人」にも工作員と思われる人間が多数いますしね。
「戦後体制」に牛耳られていたからとか言い訳出来ないです、怠慢なのか鈍感なのか、何で日本はこんなになってるのでしょう・・。

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