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今更ながら「富田メモ」ーーマルクス主義とスパイに毒されていた外務省

まず初めに参考にした一冊を出しておきます。

外務省の大罪―幻の宣戦布告外務省の大罪―幻の宣戦布告
(2001/12)
森 清勇

商品詳細を見る


内容
日米開戦の真実。やむなく日米開戦に踏み切らせたのは、ほかならぬ外務省である。外務省は「真珠湾騙し討ち」を仕組み、いまなお国民を騙し続けている。
「卑怯な国」「リメンバー・パールハーバー」といった太平洋戦争時の日本についての糾弾の根源は外務省の覚書の手交遅延と内容不備にあった。出先機関の怠慢や軍部の圧力に原因と責任を転嫁してきた外務省の責任を問う。



ここで言われる「外務省の遅延と不備」とは一般によく言われる駐米大使館職員が前夜に酔っ払って遅刻しただの、そういう類ではない。
内容については後ほど。

富田メモ wiki クリックどうぞ
(ここを読んで下さっている読者さんには紹介するまでも無いですが一応)

私は或る時に、A級が合祀され
その上 松岡、白鳥までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ



私自身はこんな物は言葉の用法からしてデッチアゲか、あるいは多分徳川侍従長の言葉をメモしたのではないかと思っている。
けれど取りあえず仮定として真実昭和帝のお言葉として決めつけるとして、それでもサヨクらが解釈するのとは別の意味にしか取れない。
軍人のみが祀られるはずの靖国神社に文官が合祀された点も重要だが、文官であること自体よりもっと大きな問題を孕んでいる。

松岡と白鳥とは松岡洋右と白鳥敏夫のこと。
彼らはいわゆる革新官僚と言われた人達だ。
革新官僚 wiki

モデルはソ連の計画経済であり、秘密裡にはマルクス主義が研究されていた。現に革新官僚たちはソ連の五カ年計画方式を導入した。革新的・社会主義的な立案を行ったため、「共産主義」として小林一三らの財界人や平沼騏一郎ら右翼勢力から強い反発を受け、1941年に企画院事件を生じた。



第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
(2007/05)
平間 洋一

商品詳細を見る

(↑これを是非読みたいのですが、貴重絶版として高価で手が出ない・・)

内容:
第二次世界大戦への道程と、敗戦後の日本の現状をコミンテルンの視点で分析した。コミンテルンを加味した歴史が新しい視点を提供するであろう。
また、戦前の日本の対外政策は陸軍主導ではあったが、常に陸・海・外の三省が調整して国策を決めていた。時には松岡洋右や白鳥敏夫などに代表される革新官僚が大きな影響を与えた。これら革新官僚の戦後の外務省史観の形成に対する責任の追求は隠蔽され改竄されている。タブー視されてきた外務省の戦争責任や東京裁判史観への責任を明らかにした。



有難いことに読書感想文としてこの本の概略を書いてくれているページがあったのでリンク張らせてもらいます。
内容概略

昭和16年、松岡はスターリンとの会見の際「日本人は道徳的には共産主義者であり、それを破壊したアングロサクソンの資本主義と闘っている。アングロサクソンこそ日独伊、それにソ連の共通の敵である。」と語ったと言う。

松岡がマルクス主義に傾倒していたのは殆ど間違いないのではないか。
最右翼と言われる人間が実は左翼であったという・・・
(現在もそうだが、極度の右翼は売国左翼となるのは自明の理なのか。そもそもが世界レベルで見ても狂信的右翼とは革命闘争側の工作手法の一つと見えなくもない。

白鳥敏夫について詳細を知らないので書けませんが、この本にはたっぷり書かれてあるらしい。
(高価でもやっぱり買おうかなあ・・)

昭和天皇が「松岡、白取までもが」とおっしゃったとするなら、それがために靖国御親拝を避けられた事が本当なら、↑ここにこそ原因があったのではないか。
「外務官僚の大罪」がため、もっと突き詰めると「工作員であったから」ではないかと。

ここから最初に出した本「外務省の大罪」に行きます。
富田メモがガセとしても昭和帝はいわゆる革新官僚の松岡と白鳥を好んでおられなかったのは事実らしい。
けれど昭和帝は東郷茂徳だけは信頼しておられたようなのはなぜだろう。

東郷茂徳を調べていると戦前~対米開戦~終戦~東京裁判での言動が疑問符だらけになる。
本書では東京裁判における東郷の発言を多く取り上げている。
東郷は靖国神社に祀られている昭和殉難者(いわゆるA級戦犯)だが、死刑判決は受けておらず懲役20年の中で服役中に病死した。(獄中死と言えども東大病院に移され手厚い看護は受けている)
開戦と終戦の外務大臣でありながら死刑判決とならなかったのはスターリンの助言によるとも言われている。

私が思うに松岡や白鳥もだが東郷は本丸ではないのか。

以下本書より少し抜粋します。

P114

今日でこそ、「ハル・ノート」を「破壊的」(加藤俊一)だの「最後通牒に等しい」(東郷茂徳)だのと言うが、当時のハル長官が両大使に渡したものは、あくまでも「試案にして拘束力無し」のものでしかなかったのである。
田岡良一京大教授は「相手国の譲歩の意思の有無を最後的に確かめようとするソメーション(だめ押し的警告)であった。



P116

ハル・ノートを突き付けられた軍部は「喜んだ」といかにも戦争を待っていたかのように歴史家たちは言うが、誤解もはなはだしい。それは「迷いが吹っ切れた」というだけのことでしかない。



P132

東京裁判の東郷口述書では「ハル・ノートは交渉経過から見て最後通牒であり、こうしたものが来た以上、日本は自衛のために立ち上がるのであり、自衛のためならば無通告で攻撃をしてもよいとの考え」を述べている。

(実際は無通告どころか裏通告らしきをやっていたようだが)

P219

日本国内においても、勝者の裁判が見られた。勝者は進歩的文化人であり、軍人以外の全てと言ってよかった。なかでも外交関係者の軍部・軍人に対する糾弾は著しかった。
軍人たちが潔く罪を認めたのに対し、また真相は後世の批判研究に待つとして沈黙を守ったのに対し、外交関係者は本人ばかりでなく子や孫までが誇大に潔白を言いつのってきた。
いま、眼光紙背に徹して見ると、国民や国家に与えた損害は外交関係者の失策によるほうが大きかったのではないかとさえ思われる。それ故に、親たちの弁護に熱中する「真珠湾の親子鷹」に接するにつけ、その狭量さを思わずにおれない。



P220

大東亜戦争の開戦時と終戦時の外務大臣は東郷茂徳であった。彼は『時代の一面』という手記を残した。(中略)
その序で西春彦(開戦時の外務次官)は「強烈な平和の追求と記録の正確さは、この書の特色というべきであろう」と賛辞を述べている。(中略)
「記録の正確さ」となると首をかしげざるを得ない。具体的に検証してきたところである。



P235

米国の「戦争準備」が整ってきたのが、1941年後半であったのだ。どこまでも「米国によって仕組まれた戦争」であった。この事実を転化して、外務省が敵を国内に見つけようとし続けるところに最大の矛盾があり、国民に対して隠蔽し続けなければならない「外務省の大罪」がある。



暗号名エコノミストと呼ばれるスパイが日本政府内に潜んでおり御前会議の内容までソ連とアメリカに筒抜けだったのは確かなようです・・・




追記

大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 (自由選書)大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 (自由選書)
(1987/01)
三田村 武夫

商品詳細を見る


岸信介の推薦文

知友のラジオ日本社長、遠山景久君が、某日
『岸先生、大変な本を見付けました。是非第一読下さい』と持参されたのが、この三田村武夫氏の著書であった。
読む程に、私は、思わず、ウーンと唸ること屡々であった。

支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。

近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということになる。
 
私は東京裁判でA級戦犯として戦争責任を追及されたが、今、思うに東京裁判の被告席に座るべき真の戦争犯罪人は、スターリンでなければならない。
然るに、このスターリンの部下が、東京裁判の検事となり、判事をつとめたのだから、まことに茶番というほかはない。

この本を読めば、共産主義が如何に右翼、軍部を自家薬籠中のものにしたかがよく判る。
何故それが出来たのか、誰しも疑問に思うところであろう。
然し、考えてみれば、本来この両者(右翼と左翼)、共に全体主義であり、一党独裁・計画経済を基本としている点では同類である。
当時、戦争遂行のために軍部がとった政治は、まさに一党独裁(翼賛政治)、計画経済(国家総動員法→生産統制と配給制)であり、驚くべき程、今日のソ連体制と類似している。
ここに、先述の疑問を解く鍵があるように思われる。

国際共産主義の目的は、この著書でも指摘しているように、大東亜戦争の終結以降は筋書どおりにはいかず、日本の共産化は実らなかったものの、国際共産主義の世界赤化戦略だけは、戦前から今日まで一貫して、間断なく続いていること知らなければならない。

往年のラストボロフ事件、又、最近のレフチェンコ事件などは、ほんの氷山の一角にすぎないのであろう。
これを食い止めるには、自由主義体制を執るすべての国家が連帯して、自由と民主主義をがっちりと守り、敵の一党独裁・計画経済に対するに、複数政党・市場経済の社会を死守することである。

私は、私自身の反省を込めて、以上のことを強調したい。
また、このショッキングな本が、もっともっと多くの人々に読まれることを心から望む次第である。





スターリンをはじめとする現在も裏で蠢く国際共産主義とは階級闘争でもなく
・目的のためには手段を選ばず
・同調しない人間(国)は虫けらの如く扱う
・卑怯になる程、益を得る

に集約される。
オーウェルの「1984」の世界。

現在慰安婦だの南京虐殺だの捕鯨反対だのやっている反日勢力が正にこれだ。
自らがやった事を他に転嫁するという卑怯千万な手法であろうが良心の欠片も痛まないのがいわゆる共産主義者だ。
日本は真の敵をしっかり見据えねばならないと思う。





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