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村山元首相ーー親のカネで「身請け」したがっている英雄気取りの金持ちボンみたいなもの

「女性の尊厳奪った」「恥ずかしい限り」村山元首相が韓国国会で講演 産経新聞記事 クリックどうぞ

村山氏は、日本による朝鮮半島統治などを「多大の損害と苦痛を与えた」として、「痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明した95年の「村山談話」を発表した当事者とあって、韓国メディアは今回の村山氏の発言を好意的に伝えている。


村山のおバカな言動を見ていて、ふと思い出したのが瀬戸内寂聴の作品。

女徳 (新潮文庫 (せ-2-2))女徳 (新潮文庫 (せ-2-2))
(1968/05/30)
瀬戸内 寂聴

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多くの男の命がけの愛をうけて、奔放に美しい女体を燃やして生きた女――今は京都に静かに余生を送る智蓮尼の波瀾の生涯を描く。


内容紹介としてこれしか無いです。読んだのは遥か昔の若い頃で詳細は殆ど覚えいないので以下簡単に。

幼くして親に売られ舞妓になり芸妓になり好きになった客への操をたてるつもりで指を詰め、それとは別の客に身請けされ愛人となり後に妻となり、それでも懲りず若い愛人を作り、一通り好き放題やって出家と。

この話と村山がどう関係するかと言うと
村山という人は結局、幼稚な考えから英雄気取りで可哀想な女郎を解放してやりたいと願って突っ走るだけの自称正義漢みたいなものだということ。
あるいは金持ちボンボンが親のカネ使って身請けしようとしているなということ。
しかも女郎の側はボンボンを好きでも何でもない、利用価値があると見ているだけ。


注・作品では芸妓であって舞妓・芸妓は女郎=娼婦ではありません。
以下wikiより

あくまで芸妓は遊女とは区別され、一流の芸妓は「芸は売っても体は売らぬ」心意気を持ち、決まった旦那に尽くし、その見返りに金銭が報われるというのがその建前になっていた。むろん、こうした実態を嫌い、芸妓は客の自由にならぬものという気概を貫きとおし、一生涯旦那を持たない名妓も多くいた。なんの自由も無いと考えられがちである芸妓だが、恋愛の自由は昔からかなり認められていたようだ。


(仕組みとして似ている所があるので便宜的に同列のように書かせてもらいます。
決して一緒くたにしてはいけませんね~特に現代の舞妓さんは普通に芸能人=エンターテイナー。)


用語解説 (どなたのページか分からないですがリンク張らせてもらいます)

身請け(みうけ)
女郎が客に見初められ、年季を終える前に見世を出ること。女郎を受けだす客は前借金(身代金)の残高と、お内儀や主人らへの手付金などを払うことが求められた。局女郎で四十~五十両(約三百五十万円)、太夫であれば千両(約七千万円)以上かかったらしい。高級遊郭では更に身請け披露の費用、祝儀、配り物代、駕籠代なども用意しなければならず、庶民にはとても真似のできないことだった。



ついでにこちらも

年季
遊里での奉公期間のこと。名目上は一般の年季奉公と変わらないながら、身代金や前借金などの借金があるため事実上は人身売買。昔の女郎の年季は十年で、その間に抜けるには身請けか命懸けで逃亡するしかなかった。もちろん逃亡して捕まれば折檻・暴行が待っている。たいていは途中で借金が増えるため年季の十年を超える者は数多く、また身請けされるには相応の器量や運が必要だった。



女衒(ぜげん)
人買い。遊里と女を繋ぐ仲介者で、玉出し屋とも呼ばれる。貧農の娘などを買い上げて遊里に売って手数料を取る。身売り金は大体四十~五十両(約三百五十万円)。女を騙して女郎屋に売るのは「ぽんぴき」と呼ばれ、こちらは幕府も認める犯罪者。



↑この解説は明治期以前の話で、統治時代の朝鮮半島では朝鮮人女衒が朝鮮人女性を騙して売っていたので、それも犯罪、取り締まった記録資料も残っている。
韓国政府はそこは全く無視しております。



若い頃に寂聴を読んで得たものと言えば、こういう芸者や女衒の世界の仕組みくらいなもの。
後は大杉栄のことを知ったくらいか。

(大杉栄、妻の伊藤野枝、辻潤を扱った作品)
美は乱調にあり (角川文庫)美は乱調にあり (角川文庫)
(1969/08)
瀬戸内 晴美

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とにかく村山という人は、自分さえ英雄願望が満たされればいい、人のカネ(国の金)使って身請けして自己満足に浸りたいだけのジイサンです。
こんな人間に日本国が左右されるような事があってはなりません。






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