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「C級戦犯がスケッチした巣鴨プリズン」 「巣鴨プリズン13号鉄扉」

今日は二冊。

C級戦犯がスケッチした巣鴨プリズンC級戦犯がスケッチした巣鴨プリズン
(2011/04/12)
飛田時雄

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巣鴨プリズン13号鉄扉 裁かれた戦争犯罪巣鴨プリズン13号鉄扉 裁かれた戦争犯罪
(2004/07/01)
上坂 冬子

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まだ読んでないが、これも興味深い
看守が隠し撮っていた 巣鴨プリズン未公開フィルム (小学館文庫)看守が隠し撮っていた 巣鴨プリズン未公開フィルム (小学館文庫)
(2000/08)
織田 文二

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こういう巣鴨プリズン関係を色々読んでみると、これまでイメージとして勝手に想像していたものとはかなり違う、あ~そうだったのか、へ~そうなのかと思う事が多い。

「スケッチした~」の著者は自身も命令に拠る行動のためにC級戦犯とされたが、10年の入所の後釈放されている。主に東条英機の世話係であり、所内での重要人物の動向を知っている人だ。
表紙の絵にもあるように、プリズン内での食事時には東条であろうが皆お盆を持って並ぶ光景が興味深い。
ABC何級であっても一緒に、広田弘毅、土肥原、梨本宮、岸信介ら重鎮も変わりなく並ぶ。
食事は西洋風でバター付きなど十分なものだったようだ。

著者の飛田は自分の刑がどうなるか苦悩すると同時に、プリズンでの生活をユーモアを持って観察している。
東条のことも
=====
「ええぃ、このくそじじいめ、詰まらん戦争なんかおっぱじめやがって・・」
腹の中では思いっきり悪態をついていた。けれどその憎悪も東条の入浴係になったのを契機に、次第に氷解するから妙なものだ。
(中略)
東条の人間味を知った私にはむしろそれが精一杯のねぎらいの意思表示だと理解するようになり、尊敬の念すら抱くようになっていた。
=====
他の人達と処刑での別れや自身の裁判という究極の厳しい中でも著者は押しつぶされることなく、米MPとの交流もあったりプリズン生活のリラックスした一面を伝えている。
歳月経るうちに監視も緩くなっていき、1952年サンフランシスコ講和条約の後は日本に移管され、刑期が残る人はほとんどナアナアで外出外泊も出来ていたというのは知らなかった。
そりゃ同じ日本人、日本政府の所轄になるのにGHQが押し付けた「戦犯」を犯罪者として扱う理由は無いな。
アメリカへの手前、形だけ存続していたという感じか。

家族への仕送りのために所外へ仕事に出るのも普通になった。
(どの本にもはっきりとは書いてないが)広告代理店とあるから電通だろうと分かる。
元から満鉄情報部関係だからそっち関係者が入ったのかそこまで分からないが。
一流企業への就職が割りとあっただろうと想像出来る。
プリズンから出勤し、仕事が終われば一杯もひっかけて遅くにまたプリズンに戻る、そんな感じだったというのが意外過ぎて驚きだ。

「13号鉄扉」の方は主に処刑された人らの事なのできつい。
13号と書いてある扉の向こうに処刑台があった場所は今の池袋サンシャインビル横、東池袋公園内の隅にある石碑のところ。
サンシャインビルそのものもそこにプリズンがあった。
刑死者60名。
サンシャイン周辺が霊スポットと噂されるのも頷ける。

上記の本とはまた別のものだったかこんなエピソードがあった。
処刑がある日に限って監視の米兵やMPが大音量で音楽かけて大騒ぎする。一見不謹慎で冒瀆のように思うが、処刑の際の様々な音が響いて聞こえるので、米兵が堪らなくなってそうし始めたと。
係りのMPらは普段も「戦犯」特に死刑囚に対して一定の敬意を払っていたようだ。時に胸を痛める様子の人もいたとか。
現場の米兵は同じ軍人として戦犯という理不尽さを理解していた者もいたのだろう。

刑死者のご遺体は日本側には知らされず米軍によって処理されたが、日本側の事務や現場に関わる人達の努力で火葬場をつきとめ、『共同骨捨場から残骨を盗み出し、刑死者60名の分として遺族に等分に分骨した』とある。

上記のプリズン移管後の処遇もそうだが表向きは米軍に従うと見せて、日本人看守から火葬場の人まで、それぞれ現場の人ら(日本側)が細やかに善処していたのが分かる。
当たり前と言えば当たり前だが、それを知ってなんだかホッとする。





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コメント

おはようございます

サンシャイン60が巣鴨プリズン跡地に立てられていることすら、まるで秘史、意図的に隠されているかのよう。
もう一度、昭和史を再構築する必要があると思います。

上坂冬子さんの本は読んだけど、「C級戦犯がスケッチした巣鴨プリズン」は今度読んでみたいと思います。

Re: おはようございます

「スケッチ~」は素朴でユーモアある絵と戦犯とされた人の視点が興味深いです。
跡地の石碑はひっそりと建てられたようですね。再構築、ほんとにそうです。
日本人自身の手に拠らない、それをタブーめいたものにするのはどうかと・・。東条らを憎く思う人も居るでしょうが、それと占領軍による裁定は分けて考える必要があると思います。



追記です。
一応は国会で名誉回復めいたものはあったようですが、あまり知られて(知らされて)いないですし。
「A級戦犯」という言葉が「主要犯罪人」の意味で誤用されたりしているのもおかしな話です。

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