プロフィール

紺屋の鼠

Author:紺屋の鼠
近代史・政治・社会情勢
読んだ本あれこれ
古いものが主の映画・音楽

(記事への拍手をありがとうございます。
共感していただいて嬉しく励みになります)

フリーエリア

にほんブログ村ランキングに参加してみました。 プチッとよろしくお願いします。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

まるで予言書(カルトやトンデモではありません)「敗戦後遺症シンドローム」

「沈没事故、2ちゃんの7割が『ざまあみろ』」 小田嶋隆さんの発言巡りネットで論議 ←Jcastニュース

↑この記事を読んでいて、この小田嶋隆とかいう変人が5年前にコメントしている記事に行き当たった。
これです↓

政権交代で「ネット右翼」危機? 2ちゃんねるでも潮流変化か
(2009年の記事なので、ここで書かれる政権交代とは鳩山民主党政権のこと)

コラムニストの小田嶋隆さんは、日経ビジネス・オンラインの31日付コラム「踊る阿呆の『祭り』のあとに」で、2ちゃんねるが政治的なプロパガンダの場に変わり、結果としてネトウヨが集まり始めたと指摘。そして、前述したネット右翼の動きに言及したうえで、こう述べている。

「自らの『力』を自覚し、それを意図的に使おうという匿名のパラノイアが生まれたことで、2ちゃんねるの歴史は最終段階に来ている」

もっとも、2ちゃんでも、「どんまい、まあまた4年後があるって」といった声も出ており、状況によっては風向きがまた変わる可能性はありそうだ。



この頃この小田嶋というリベラルかサヨクかただの変人か知らないが、民主党政権になってとってもイイ気分だったのでしょう。
単にネットで自民党保守勢力を応援するだけの人らをパラノイアと言って憚らない傍ら痛さ。

パラノイア(偏執病)とはーー
「自らを特殊な人間であると信じたり、隣人に攻撃を受けている、などといった異常な妄想に囚われるが、強い妄想を抱いている、という点以外では人格や職業能力面において常人と変わらない点が特徴」

こういう風にやたら保守層(というか本人に都合の悪いだろう事を発言する層)を病的であると決めつける人間こそが、ある種精神的病理に囚われている事に気がついていない。
その病理を的確に示してくれている本があります。


敗戦後遺症シンドローム敗戦後遺症シンドローム
(1983/01)
勝田 吉太郎

商品詳細を見る



以下の文章は1982年、日本の歴史教科書について中国・韓国がインネンを付けてきた事について書かれたもの。
(以前にも書いたけれどしつこく紹介しています)

今や私は、これを有難いことだったと思うようになっている。願わくば、今後も高姿勢を堅持して、日本政府と国民にあらん限りの悪罵と嘲笑を浴びせてもらいものである。
韓国政府も中国に倣って日本政府と国民に侮辱を与えてもらいたい。
その結果、日本国民にーー殊に「敗戦後遺症」が尾を引いて腑抜け同然となっている多くの日本人たちに、国民的な誇りと矜持の念や国家的名誉の感情を覚醒させることが出来るならば、これ以上結構な「外圧」はないではないか!

自由の民たる気骨は、独立不羈の精神、自尊の気風と同義である。それは同時に、国民的誇りの感情や国家の名誉という観念と不可分に結びつく。
中韓両国の度重なる侮辱がこの道理を我々に教えてくれるように念願しない訳にはいかないのである。



この文が書かれたのは1983年。30年昔の時点でこれを書いている。
最近の情勢を的確に捉えているように思えて著者・勝田吉太郎氏の慧眼には感服する。
(あまりに的を射ているのでエントリータイトルに「予言書」と入れてみましたが、本書の内容が陰謀論やカルトぽい訳では全然ありません)

これまた二度目ですが目次の一部も上げておきます。
1 日本の崩壊招く敗戦後遺症
 1 敗戦後遺症からの脱却を
(一)“欲望民主主義”が辿る運命
(二)「君が代」の“反動性”と“非科学性” ほか
 2 核の論理
(一)奴隷の平和
(二)「戦争は平和 自由は隷属」 ほか
2 神を喪失した人間の悲劇
1 自由が滅ぶとき
(一)自由のジレンマ
(二)ドストエフスキーの描く「水晶宮」
 2 共産主義と宗教
3 時論集―戦後はまだ終っていない
 1 忍び寄る『一九八四年』
  ・平和運動とニヒリズム
  ・「平和を守る」決意の前に忘れてはならぬこと ほか
 2 現代日本の病理
  ・亡命者の苦悩
  ・建国記念の日に際して思うこと ほか



あともう一冊、これも何回か取り上げていますが私が何度も読み返して考えている本。

正統の哲学 異端の思想―「人権」「平等」「民主」の禍毒正統の哲学 異端の思想―「人権」「平等」「民主」の禍毒
(1996/12)
中川 八洋

商品詳細を見る


終章より

現存する社会(国家)とは、現在のある世代が創造したものでない。過去に遡る歴史と伝統の堆積から生成したものである。
つまり過去の祖先が築き上げ現在の世代が守成し維持し、未来の子孫へと相続されることで生命を持つものである。
過去・現在・未来の、同じ歴史と同じ慣習を共有する人々の共同によって生成発展するものである。
新興宗教団体の創設にしか適用できない社会契約論で説明できる社会などとは全く異なる。
「国家は、現在に生存している者の間の共同の組織たるに留まらず、現存する者、既に逝った者、はたまた将来に生を享くべき者の共同の組織」(バーグ)というべきものである。


エドマンド・バーク wiki




関連記事

<< また中国が出してきた「従軍慰安婦強制性の証拠」文書ーどこが証拠なんだか | ホーム | 燃え上がる戦闘機の山 「JAPAN1945」より >>


コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。