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「防人のうた」(さだまさしのでは無い)

さだまさしの「防人の詩」は有名ですが
それとはまた別の 「防人のうた」

最初に聴いたのは1970年頃だったか何気なく買ったフォーク全集みたいなアルバムに入っていた。
色んなフォーク歌手、ジローズや五つの赤い風船など入ってたかな(若い人には分かりませんね~

一曲だけ特に流行った訳でもないが、とても印象的な曲があった、それが「防人のうた」。
時代から言って反戦歌のつもりで歌っていたのだと思う。
反体制、反戦などメッセージソングでないと歌じゃない雰囲気があった時代
それでもこの曲だけは押し付けがましく無く密やかで沁みて来る。

youtubeを探しても見つからず、最近アップしてくれた人がいたので紹介を。
とても貴重な音源です。

防人の唄 シュリークス ライヴ



防人のうた   作者・不詳

1.昔ある若者が 夜の浜辺で
  波の音にあわせ 竪琴を弾いていた
  その夜の空は晴れ 遠くの沖へ
  静かに静かに 消えていった

2.むなしその調べ さざ波にのれ
  遥か故郷(ふるさと)よ 恋しい母よ
  懐かしその日々は 遠くの沖へ
  静かに静かに 消えていった

3.波の中に消える 防人のうた
  残る琴の調べ 涙を流し
  敗れし若者は 空の星へと
  静かに静かに 流れていった



万葉集の「防人歌」のイメージから作られたらしいが万葉集について私は全然詳しくないのでよそ様のサイトからお借りします。

「防人歌」

唐の六典天に「辺要 置 防人 為 鎮守」とある。
日本ではこれを真似て、九州太宰府に防人司(さきもりのつかさ)を置いた。欽明(きんめい)天皇のとき設置され、弘安十年(1287)くらいまで、約六百年間あった。
語源は「埼守(さきもり)」。

(万葉集に於ける防人歌)
東国出身の防人に限られている。当時の東国出身の防人は約千人で、三年勤務。二月が交替時期であった。また、勤務地までの旅費は自費で、現地では屯田兵式の生活であったと考えられている。
 「防人の歌」は、防人当人およびその関係者の歌である。



防人歌 一覧 ←これもよそ様のページへのリンク






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コメント

こんばんは!

この”防人のうた”は、知りませんでした。さだまさしさんの方は、知っています。確か映画の主題歌で”山は死にますか~”というやつですよね(笑)。下の方の解説にもありますが、防人は東国出身者が多かったそうです。その望郷の詩でしょうか。
管理人さんのこのサイトは、ウチのPCグーグルクローム検索画面になぜか表示されています。前はうさぎ屋さんのリンク経由で見ていましたが、今は、いつもワンクリックで拝見しております(余談)。

>Gくんさん

こんにちは。ずっとサボってたのにコメントを有難うございます!

この防人のうた、殆ど知られてないでしょう。いい歌なのに。
さだまさしのは映画「二百三高地」の主題歌でした、あれも沁みる歌ですね。

「防人」は各地方からの出身でも万葉集のうたは東国らしいですね。
昔高校で古文の先生がなぜか防人歌に熱心で東国から北九州が当時はいかに遠かったか説いていたのだけ覚えています。望郷の思いが千年超えて伝わるって考えてみたら凄いです。

検索のこと私も確かめた事があるんですが簡単に出てきますね、これはマズイ、悪い事が出来ない(笑)
あれはどうなってるのか訪問者さんが多い訳でもないのに不思議です。
サボりがちなのにワンクリックで(笑)訪問下さって、有難い限りです。感謝いたします。



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