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「頭山満と玄洋社 大アジア燃ゆるまなざし」

大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社
(2001/10/01)
読売新聞西部本社

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玄洋社と言えば戦前からの右翼、大アジア主義結社。
アジア各国のみならずロシアにまで影響を及ぼした玄洋社とはいったい何なのか、何を目指したのか。
明治新政府に抗する福岡藩中心の組織、「維新のバスに乗り遅れた」「維新の分け前に預かれなかった」不満からとも言われるが本書の解説に拠ると、そういう私怨を越え官僚独裁に歪められた明治政府に違和感を持った福岡藩士が立ち上がったのだと。
西南戦争に呼応した福岡士族が「福岡の変」を起こすが鎮圧される。
その敗北から生まれたのが玄洋社である。
しかし打倒藩閥、反政府の国内改革から国外、アジアの改革へ向かっていくのはどういう発想だったのか。

ロシア革命の裏工作加担したという明石源二郎、孫文・中国革命への支援、韓国の金玉均、インド独立運動家ボース・・アジア歴史上の大物の多くが玄洋社に関わっているからオソロシイ。
海外組織である内田良平の「黒龍会」も含めると壮大というか誇大妄想的だ。(妄想でなく実質活動したから余計恐ろしい)

wikiより
   玄洋社
   黒龍会
   頭山満

黒龍会名称の由来
中国・満州・ロシア国境を流れる黒龍江(アムール川)は、春になると川原一面にきれいな花が咲き乱れる。その、のどかで平和な美しい光景をシベリア横断を成し遂げた内田良平が見て感動し、東亜の理想はこの光景にあると大悟し、欧米列強諸国によって殖民併呑されたアジアを復興し、まるで極楽を思わせるかの様な、春の美しい黒龍江のようなアジアを建設することをライフワークとして誓った。その復興アジアへの内田良平の誓いこそが、黒龍会の名前の由来である。


壮大な景色に魅せられて大アジア構想に至った、という単純な物では無いはず。
(以下は私の独断に満ちた想像)
結局古代半島の高句麗への幻想的思慕ではないのか。
古く日本人の故郷である、と思い込んでしまったのではないか。
高句麗時代の鉄器や馬具は日本国内で出る物と同じ、言語学的にも高句麗、百済は日本語の構造と似ているらしい。(明治期にそこまで判明していたかは知らないが)
朝鮮語とは全く別系統。
まるでユダヤの「約束の地」のように、黒竜江周辺こそが日本人の故地であって戻るべき場所との想念に囚われたのか・・。

本書に戻ると
写真や新聞記事、手紙類、書、など資料が豊富に載っている。
玄洋社メンバーの集合写真、孫文や蒋介石、インドのボースらとの交友関係の資料。
中野正剛が自決した際の血にまみれた装束の画像まで。

解説では突然著名人物の名が出てきて驚く。
「ドグラマグラ」の夢野久作、その父親である杉山茂丸が頭山満や内田良平と交流があり、民間から日韓併合を進めたのが彼らだと言う。
一番驚きなのが、アナキスト大杉栄と野枝までが頭山の所に借金しに行き、そのツテで取り締まる側であった後藤新平がなぜかカネの工面をしてやった。
もう訳分かりませ~ん。明治の人の「思想的寛容性」というものはどうなってるんだ。
福岡といえば麻生太郎、曽祖父である麻生太吉も出てくる。「頭山訪問あり、打ち合わせす」との日記の画像が載っている。

それにしても玄洋社というものの全体像が掴めない。込み入りすぎて難し過ぎる。
頭山や中野正剛に関する他の本も読んだが、究極の目的は何だったのか、巨人なのか紙一重のあっち側に行った狂信者なのか理解に苦しむ。
出口王仁三郎から石原莞爾などの関係まで理解するとなると相関図でも書いて見ない事には。
本書は私のような初心者向け、理解の取っ掛かりには最適です。

印象としては、幕末~維新後の士族といのはぶっ飛んでるとひたすら思う。
日本人というのは元来、意外とぶっ飛んだ人が多く、それがプラスに働いてもマイナスに働いても振り幅が大きく出てしまうんじゃないだろうか。
今の中国韓国朝鮮は(捏造された日本の悪行ではなく)記憶の底に潜んで今も残る日本人のこのぶっ飛び具合を恐れているのかも知れないと思うのは穿ち過ぎか。






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コメント

感想いろいろ

紺屋の鼠様
壮大な景色に魅せられて大アジア構想に至った、という単純な物では無いはず。
(以下は私の独断に満ちた想像)
結局古代半島の高句麗への幻想的思慕ではないのか。
古く日本人の故郷である、と思い込んでしまったのではないか。

これは大変興味深い解釈の一つですね。
ただ
今の中国韓国朝鮮は(捏造された日本の悪行ではなく)記憶の底に潜んで今も残る日本人のこのぶっ飛び具合を恐れているのかも知れないと思うのは穿ち過ぎか。
こちらは「単なる穿ち過ぎ」でしょうね。全体像がつかめないから「ぶっ飛んでいるように」みえるだけで、本人たちにしてみれば、緻密な思考の結実にすぎず、誰一人「ブッ飛んではいない」とおもいますよ。

>ブリュッセルさん

> 古く日本人の故郷である、と思い込んでしまったのではないか。
> これは大変興味深い解釈の一つです

どの時代を捉えて故郷と考えたのかは調べ不足で分からないですが、
戦後は左翼勢力に利用されている江上波夫・騎馬民族征服王朝説、戦前の江上は皇室冒涜の意図はなかったようで、日本人(となった一部)は夫余系であるとの説が一部知識人に広まっていたというのも別の本で読んだことがあります。
大陸東西に広がるウラル・アルタイ系に日本人も含まれると考えた、その辺りが「故郷」に繋がったのかと想像します。

ぶっ飛び具合を恐れる、というのは違いますか・・そもそも中韓人は知識層でも真っ当な近代史を知らない事を考えるとそうなりますね。
ぶっ飛びというのは世界規模の壮大な構想を持ち実行まで出来る強靭さという意味で書いたのですが、マトモに歴史を知らない中韓人も何となくは日本人の強靭さを感じているのはあるかと思うのです。
肯定的な意味での強靭さをやつらは「極悪非道」に摩り替えていますが。

話変わり

紺屋の鼠様
早速お返事有難う御座います。
大アジア構想凄すぎて、そしてそこに関与する人もバラエティーに飛んでいて、多すぎて、少しづつ将棋崩しするしかないですね。ご存知ですか?将棋崩し。崩れないように少しづつそーっと駒を引き取っていくんです。久原房之助もロシアと満州の間に緩衝地帯を設ける友好案を、実際クレムリンまで出かけてスターリンに会って提示しています。(どうしたわけか全く知られていませんが)
話変わり、最近読んだ本、日本国家成立に関して、ブッ飛ぶ解釈が書かれてあり、かえって気楽に楽しめました。池田整治という人の「マインドコントロール」という本です。特に大化の改新、のあたりの古代史の登場人物が、全部純正日本人ではないのです。聖徳太子はいなかったとか、聖徳太子は突厥人だったとか、すでにそういう説がありますから、池田氏の説もさほど突飛なわけではなく、その本では私がよく出かける甘樫丘の蘇我入鹿などは、大和朝廷成立の大功労者と書いてありました!ちょっと吃驚でしょ。渡来人はたくさん来ていたわけで。であなたの「結局古代半島の高句麗への幻想的思慕ではないのか」を読んで、池田氏の古代史に繋がる、とふと思ったのです。歴史はワンパターン固定史観が一番危険で、ありえないと思うところに真実がある、場合の方が多いように思います。何故なら真実が弾圧され抹消されることが往々にしてあるからです。池田氏はかなりの情報通ですがひとつ欠点があり、それは中丸薫を尊敬していることです。
・・・・・・・・・・
別の記事に関する内容になりますが 、URLのところに日本の原爆開発に関するTel Quel Japonのペイジアドレスを入れておきました。よかったら見てくださいね。

>ブリュッセルさん

将棋倒しはやったことあります。一つづつ謎解きしてみるしか無いみたいですね。
久原房之介、誰だっけ?聞いたことあるような・・と思ったら、日立ですね!神戸の明治期以降の財閥邸宅跡を訪ねるツアー(自分による自分だけのツアー)で久原邸跡を見に行った事があります。今は奥ションが建っています。他にも今も洋館が残る武田(薬品)邸もありました。それのみで久原が何をした人か知らなかったですi-229 スターリンに会ってたんですか・・凄い行動力ですね。

池田という人の著書は知らないです。古代史は、有り得るかも?というのからトンデモ説まで割と出てますね。
>蘇我入鹿などは、大和朝廷成立の大功労者と書いてありました!
蘇我馬子は天皇だった!というのもありますね、それと似てるのでしょうか・・。
私は殆ど知識の無い若い頃に「馬子、蝦夷、入鹿って蔑称でないの?勝者によって後付けされた名では」と稚拙にも疑問に思っていました。それは別としても色んな説を読んでみたいです。

原爆開発の記事じっくり読ませてもらいます。

訂正

「将棋倒し」じゃないですね、崩し、でした。
倒してしまったら訳分からなくなりますね。
失礼しました。

シャンソン情報?

紺屋の鼠様
久原房之介で日立、が出るあたり、あなた凄いです。神戸の明治期以降の財閥邸宅跡を訪ねるツアー、も独創的で素晴らしい。
私は久原房之助氏全然知らなかったのですが、20年近く前に「惑星が行く」という久原房之助伝をシャンソン歌手の石井好子さんに頂いたことがあるんです。
http://book.asahi.com/reviews/column/2011071701124.html
スターリンとの直談判はこの本にしか書いていないと思います。さらに久原氏は孫文の最大支援者。(これもほとんど知られていません)久原氏は戦後GHQにA級戦犯指定され、収監されましたが、孫文に膨大な支援をしていた書類が一部見つかり、即釈放されたらしいです。ー情けは人のためならずー
神戸の久原邸も凄いらしいですが、東京は今の八芳園、ここはその昔は大久保彦左衛門のお屋敷だったところ。久原氏はその広大な庭に、ブローニュの森にあるような汽車ぽっぽを走らせて、孫たちを遊ばせていたらしいですよ。お孫さんのシャンソン歌手の石井好子さんから得た直情報です。

>ブリュッセルさん

色々情報をありがとうございます。
たまたま「お屋敷拝見」しておいて良かったですi-229
よそ様のブログですが↓こんな感じです。
http://osakarchit.exblog.jp/16185632/
下々の私などがキョロキョロしてたら不審者扱いされそうでしたが。
八芳園は親戚の披露宴で行った事がありますが、汽車とは凄いですね。

全国どこでもこういうお屋敷はレストランになっていたり大きなマンションになっていたり跡形も無くなっていたり。美智子様のご実家でさえ無くなってしまったんですよね。
戦後の財閥解体や税制のために維持しきれないのが原因でしょうけれど、明治期のような「ぶっ飛んだ」事をする人が出難くなったのもこの辺りに起因するような気も。(日本人は出る杭は打たれる、と言われますがそんな事もないと、本来の意味を取り違えて使ってると思います)

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