日本は「邪悪」であったという偏見(プロパガンダ)

「アンブロークン」原作本・映画について調べていると、構図として「レイプオブ南京」や「従軍慰安婦」事案とそっくりな事が分かってきます。
 
それら全て戦後70年になって中国を中心に韓国や北系が密かに活動しているせいだと思われますが、欧米豪人を利用するために前提となっているのが「第二次大戦中の日本(人)は邪悪であり非人道的行為をした悪魔的存在」という偏見です。

その「黄禍」偏見とも言える発端について調べており、参考になる資料をあげてみます。
(殆どに中国が絡みます)



★1933年発行の日本論、中国の実態、日本バッシング・プロパガンダについての有名な本。

暗黒大陸 中国の真実暗黒大陸 中国の真実
(2007/09)
ラルフ タウンゼント

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これの英語原文 (全文あり)
Ways that are dark: the truth about China


★1938年支那事変の只中で書かれた反日プロパガンダを解説

中国の戦争宣伝の内幕―日中戦争の真実中国の戦争宣伝の内幕―日中戦争の真実
(2009/11)
フレデリック・ヴィンセント ウイリアムズ

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これの英語原文 
Behind the news in China

F.V.ウィリアムズ略歴

サンフランシスコの新聞記者としてチャイナタウンの抗争事件を取材して有名となる。日中戦争の起る前から極東を取材旅行しながら共産主義の危険性に注目して、親日的立場から本書を執筆した。日米関係の悪化を懸念しつつ、ラルフ・タウンゼントらとともに発言を続け、真珠湾攻撃後にタウンゼントと同じく逮捕され、16ヵ月から4年という不定期刑を言い渡される





★私自身はタウンゼントよりもウィリアムズ「戦争宣伝の内幕」の方が、文章平易、短文な中にも分かり易く的確な説明だと感じました。
中学高校の近現代史を学ぶ場合に、この本さえ読めば大戦に至る全貌がするっと頭に入ってくるのではないかと思うほどです。
捏造含む自虐まみれで辻褄が合わなくなっている文字羅列ばかりで訳の分からない今の歴史教科書で勉強するより、何百倍も時間短縮で理解できます!(断言するのか・・


★そして今に至ってくすぶり続ける+中共の工作でまた燃え上がりかねない危惧もある「反日プロパガンダ」について、今や保守論壇に欠かせないアメリカ人、マイケル・ヨンさんがFacebookに記事をあげておられ核心を突いているので紹介を。
寄せられている賛否両方のコメントも必読です。 
(ログインすると自動翻訳ボタンがあるようです)

Michael Yon氏Facebook記事


★米軍側も戦争犯罪を犯した、との関連でマイケル・ヨン氏が紹介している資料 pdf 
Trophies of War
U.S. Troops and the Mutilation of
Japanese War Dead, 1941-1945
JAMES J. WEINGARTNER

私自身未読ですが、日本語解説のwikiがあるので↓ 
米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断


★軍・豪州軍による日本兵への残虐行為についてのTelegraph紙記事 
American troops 'murdered Japanese PoWs'

記事の元ネタはRichard Aldrich のこれ。

The Faraway War: Personal Diaries of The Second World War in Asia and the PacificThe Faraway War: Personal Diaries of The Second World War in Asia and the Pacific
(2005/09/27)
Richard Aldrich

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大戦中に書かれた日本・連合国双方の将兵や民間人による手記や日記を集めたもの。
著者による解説も示唆に富んでいます。






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『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』の虚構 (資料備忘録)

先日、自主上映の形で『ジョン・ラーベ ~南京のシンドラー~』が上映されたようです。

『ジョン・ラーベ』公式HP


ジョン・ラーベ 縮小

john rabe 南京

ジョン・ラーベ(John Rabe)は南京安全区国際委員会の委員長であり、シーメンス南京支社長、ナチス党員でした。
ジョン・ラーベ wiki

ラーベはナチスの中のGood Manとされていますが、ナチス党員そのものであり、怪しい点が多数。
その関係の資料と、他に捏造「南京虐殺」への反論資料を備忘録代わりにリンク貼っておきます。


★以前書いたエントリー記事 
資料備忘録



★日本軍の南京攻略時に蒋介石の中華民国はドイツと軍事的・経済的協力関係を結んでいた。

中独合作 wiki
Sino-German cooperation until 1941 (英語版wiki)



  3中独合作 



 
★「ラーベの日記」が明かしたヒトラーと「南京大虐殺」 2007年WILLの記事
ヒトラーと「南京大虐殺」


★「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道 による記事
映画「ジョン・ラーベ」の正体
(同じ内容の英語版)

 
★ 日本兵とシナの子供達

Bob Wakabayashi 南京

1南京 子供

南京城の外 子供






★安全区側撮影に拠る南京陥落後の城壁内外の街と市民の様子(エール神学校保存)
USC archives

(画像はクリックで拡大)


南京 3

南京 12

南京 日本兵2

南京8

南京 日本兵

南京5

南京 全景

南京 6


★アメリカ側資料、パネイ号事件含む南京の映像 
The Rape of Nanking






(今後随時追加します)





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戦時中、中国がどれだけ自国民・同胞を殺戮してきたか、まとめ

支那事変、というより実質的には満州事変後から中国国民党・蒋介石政権は「日本軍の残虐なること」を自国内だけでなく欧米にまで宣伝しまくってきた。
妻である宋美齢はアメリカに渡り社交界の華となっていたが、その一族はアメリカで反日プロパガンダを吹聴して回っていた。

実際には蒋介石軍ー国民党軍は自国民民衆に対して暴虐の限りを尽くしていた。
共産軍=八路軍も国民軍を上回る残虐行為を1920年代からやっている。
現在、そのどれもこれもを中国は「日本軍の悪行」と主張し、「2000万人を虐殺した」などまで言っている。



その周辺の記録資料を前後脈絡なく、これまた備忘録代わりに並べておきます。



中国国民党軍
国民党軍





●以前書いた記事。日本人記者4名が襲われた成都事件に絡んで蒋介石の動きが書かれている。
「支那恐るべし」 成都事件

「南京政権(蒋介石政権)は満洲、上海両事変をもって、この政策を具体化のチャンスとした。(略)
南京政権の支那統一に(抗日は)利用価値は充分である。
蒋介石はこの情勢によって排日政策の強化に自信を得たのである。

満州事変が起こるや彼は『日本の暴虐、日本の恐るべきこと』を宣伝した。」







●以前に書いたエントリー。「第一週 幻の王朝を追う」
NHKスペシャル 「中国文明の謎」

黄土高原の外れに位置する山西省陶寺村。
かつて ここで栄えた巨大集落。
それが異常な状態の大量の人骨を残しこつ然と 姿を消したのです。
バラバラの状態で放り出された骨。
一体 何が起きたのか。
謎を解く鍵は 豚や牛の骨と共にごみ捨て場から見つかった1体の女性の遺骨でした。
歯のすり減り具合や骨の栄養状態から見て身分の高い女性である事が分かりました。
彼女は 首を切られた上下腹部に 牛の角を差し込まれて殺害されていました。
亡くなる前にひどく痛めつけられています。
恐らく 支配されていた集団が反乱を起こしたのでしょう。


太文字の部分は戦時中に日本軍がシナで女性にやったと中国が言っている暴虐の様子そのもの。
つまりこの習慣はシナ大陸に古来あったものとしか思えない。




●以前書いた記事。 1900年代初頭からの中国赤軍・共産軍の同胞への悪行
「共産主義黒書 アジア編」

共産主義黒書 コミンテルン・アジア篇共産主義黒書 コミンテルン・アジア篇
(2006/07/25)
クルトワ ステファヌ、マルゴラン ジャン=ルイ 他

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1900年代初めから1949年中華人民共和国誕生までの(後半ではチベット侵攻や60年代文化大革命も)各軍閥勢力・結社・農民らによる虐殺、銃殺、重税、(意図的な)飢饉、対策取らずの洪水被害、村落焼き払い、アヘン蔓延、ソ連介入による蜂起、人肉食まで、ありとあらゆる非道行為が詳細に書かれてある。






●1937年(昭和12年)8月13日から始まる中華民国軍の上海への進駐とそれに続く日本軍との交戦
であるが国民軍は日本軍陣地への戦線布告無しの射撃だけでなく租界や市街を爆撃した。
第二次上海事変 wiki

8月14日には日本艦艇をねらったとされる国民党軍機による空襲が開始された。この爆撃によって周辺のフランス租界・国際共同租界に投下された爆弾はパレス・ホテルとキャセイ・ホテル前の路上に着弾し、729人が即死し、861人が負傷した31分後には婦女子の避難所となっていた大世界娯楽センターに爆弾が落ち1,012人が死亡し、1,007人が負傷した。民間人3000人以上の死傷者



・国民軍の 焦土作戦 と 漢奸狩り (上記・第二次上海事変wikiより)

日中戦争において中国側国民革命軍は堅壁清野と呼ばれる焦土作戦を用い、退却する際には掠奪と破壊が行われた。


中国政府は「徴発」に反抗する者を漢奸として処刑の対象としていたが、あるフランス将兵によると彼は中国の住民も掠奪されるばかりではなく、数が勝る住民側が掠奪する中国兵を殺害するという光景を何回も見ている


中国では日中戦争が本格化すると漢奸狩りと称して日本軍と通じる者あるいは日本軍に便宜を与える者と判断された自国民を銃殺あるいは斬首によって公開処刑することが日常化した[27]。上海南市においても毎日数十人が漢奸として処刑され、その総数は4,000名に達し、中には政府の官吏も300名以上含まれていた。戒厳令下であるため裁判は必要とされず、宣告を受けたものは直ちに処刑され、その首は警察官によって裏切り者に対する警告のための晒しものとされた



その関連のLIFE誌 23p~
LIFE 1937・9・13





●LIFE記事 宋美齢(Mei Ling)のアメリカでの宣伝活動の様子・画像多数あり 1937年8月16日 
Google books LIFE より


● LIFE記事 "The cruel Chinese" 「残忍なシナ人」  画像多数 1936年12月28日 
50ページ~
Google books LIFE
国民軍が共産主義者とみた同胞シナ人を銃殺や首を刎ねて殺戮している場面あり。


●1938年6月に、中国国民党軍が日本軍の進撃を止める目的で起こした黄河の氾濫、犠牲者数十万。
黄河決壊事件 wiki

日本軍は筏船百数十艘を出して住民とともに救助活動を行い、同時に氾濫した水を中牟付近から別の地域に誘導するために堤防と河道を築いた。
日本軍に救助された避難民は開封方面1万、朱仙鎮、通許方面5万、尉氏方面2万、その他数万であった


中国国民党は当初から「黄河決壊事件は日本軍が引き起こしたものである」との発表を行っていた。6月11日午前、中国国民党の通信社であった中央社は「日本の空爆で黄河決壊」という偽情報を発信した。6月13日には全土の各メディアが「日本軍の暴挙」として喧伝した。
各国メディアはこの発表に対しては慎重な姿勢を示した。また、日本側も中国側の発表を否定するコメントを出した


シナ住民を救助する日本軍
黄河決壊事件 日本軍による救助 クリックで拡大






以降また付け加えるかも知れません。

追加分
●蒋介石軍による「白色テロ」 youtube へのリンク↓
Chiang Kai-shek's Kuomintang White Terror



●これは中国ではなくソ連による非道ー1940年代から自国民囚人と、捕えた日本兵への人体実験
朝鮮戦争での米兵への非道な人体実験、について医学的見地・調査からのリポート(英文)
コミュニストに拠る人体実験





よろしくお願い致します

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捏造された「南京大虐殺」の資料備忘録

捏造された「南京大虐殺」についての資料を備忘録代わりに纏めてアップしておきます。
(内容は随時変更・追加しますので悪しからずどうぞ)

画像はサムネイルでアップしますのでクリックで拡大お願いします。

まず南京攻略戦とはどんなだったのか。

↓wikiへのリンク
南京攻略戦

基本になる地図
昭和12年12月上旬 南京近郊戦闘経過要図
南京攻略戦 経過地図

南京 全区
南京 全区 地図

南京 安全区
南京 安全区




↓日本側の資料がほぼ網羅されています。
南京事件資料集へのリンク


↓こちらも資料・解説が豊富
南京大虐殺の嘘


↓南京攻略 日本側の写真
南京攻略 写真


↓「マギー牧師の証言」映像からの写真 (このページから他の資料サイトも見られます)
ビデオ『マギー牧師の証言』より


↓アメリカ・南カリフォルニア大学 デジタル・ライブラリー には「南京」のワード検索で支那事変関連が多く出てきます。
松井岩根・陸軍大将関係の東京裁判記録もあり。
USC デジタルアーカイブ(南京ワード)


↓エール大学「南京プロジェクト」 当時の「安全区委員」による写真、手紙類などが見られます
(USC写真資料と重複あり)
The Nanking Massacre Project


↓最近中国が「中国侵略日本軍が封印した写真」として出して来たもの・12枚あり 
「便衣兵」や捕虜支那兵の姿も写っており興味深い
中国網 資料写真

↓これは南京攻略以前の南京市街を撮ったもので事件にはあまり関係しないが一応。
「トムソン一家・南京での生活映像」
Thomson family home movies in Nanjing, China.


↓国立国会図書館 近代デジタル・ライブラリーより 関連ワードで検索するとリアルタイム当時の著作物が多数出てきます
これはと思う内容が載っているものを2冊
「厦門と広東南京と漢口」昭和13年(1938年)
「英国民に告ぐ」昭和13年 ←広田弘毅外相から英米への「パナイ号・レディーバード号事件」謝罪文など含む


↓上記「英国民に告ぐ」にも詳細が書かれてある米英艦船への誤爆事件(南京「虐殺」捏造とはあまり関連しないかも)
パナイ号事件 wiki
英国海軍レディーバード


↓評判の良い検証本「南京事件の核心」  アマゾンでは在庫切れなので他に古書店に問い合わせ中。手に入るかなあ・・
南京事件の核心―データベースによる事件の解明南京事件の核心―データベースによる事件の解明
(2003/07)
冨沢 繁信

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↓Refugee girls displaying the poultry they raised-Ginling 「自分達で育てた家禽を見せる難民の少女たちー金陵大学 1938年」
少女達の顔の明るいこと。 「虐殺があった」派は若い女性はことごとくレイプや殺戮されたと言うが・・
Refugee_girls_displaying_the_poultry_they_raised_Ginling_College_Nanjing_China_ca19371938.jpg


一旦記事を保存、また追加すると思います。


追加分


↓「南京虐殺」証拠だと言われている写真を分析、ウソを暴く
東中野修道氏ほかに拠る
(pdf)Analyzing the “Photographic Evidence”


↓「正当史観年表」のページ 以下についての検証
『Eyewitness to Massacre』(南京虐殺の目撃証人)
副題「南京に於ける日本軍の残虐行為の目撃証人のアメリカ人宣教師」
M.Eシャープ社・ニューヨーク 1984年
(この書の原資料はエール大学神学部図書館所蔵の文書である)
南京にいた欧米人が家族に送った手紙


↓アメリカ人の「南京虐殺の目撃証人」は一人もいなかった  松 村 俊 夫
「目撃証人」は居なかった 


↓2007年「WILL」より
「ラーベの日記」が明かしたヒトラーと南京大虐殺 


↓「南京大虐殺」とWGIP(ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム)との関連
「南京大虐殺」はWGIPのメインテーマ
(その中の記事から)
外国人の見た「南京大虐殺」







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通州事件・日本人虐殺の現地視察記録ーー残された犬の話

国立国会図書館デジタルライブラリーより見つけた文書。

「戦線を訪ねて国民に愬ふ(訴える)」
昭和12年 (1937年)
陸軍省政務次官 加藤久米四郎・著 
東京朝野新聞出版


ライブラリー 政務次官


通州事件直後シナに入り現場を視察した陸軍省政務次官・加藤久米四郎の記録文。

通州事件 wiki

通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に中国(中華民国)の通州において、中国人部隊(冀東防共自治政府保安隊)による日本人への襲撃が行われ、日本人居留民および日本軍部隊・特務機関が襲われて、日本人らが大量虐殺された事件。日本軍は壊滅し、日本人居留民の385名のうち223名が虐殺され、女性はほとんど強姦されて殺害された。殺害方法も猟奇的なものが多かったとされる[1]。また朝鮮人慰安婦も殺害されている。



1937年前後の勢力図
通州事件 地図



「国民に訴ふ」とあるくらいなので日本国民に向けての報告だが、事件があまりに凄惨で、その様子の描写については僅かしか書かれていない。
けれどその周辺や生き残った人達の様子が生々しく書かれていて興味深い。
事件後に残された犬の話が興味深く、この事件を象徴しているような気がするので引用してみます。
( )内は私がつけた注釈。

近代デジタルライブラリーへのリンク

ーーーーーーーーーーーーー
(通州事件の後の様子)
通州の城内には、支那人らしい支那人はいなかったのであります。平素は約3万5千人内外人口のあります通州で、冀東政権(冀東防共自治政府・きとうぼうきょうじちせいふ・1935年から1938年まで中国河北省に存在した政権。地方自治を求める民衆を背景に殷汝耕の指導により成立した)の所在地で相当な都であったのでありますが、あの事変以来、支那人は約千五百、二千足らずの者しかいないと言っておりました。どっかへ逃げて行ったと見る。

まず第一に特務機関の建物の方に進みました。特務機関と申しますれば、御承知の通り、細木大佐があそこに居り、相当の人が居ったのであります。この人々が全部戦死を致しまして一人も居りませぬ。
行ったら案内する人もないはずであります。皆戦死したのでありますからーーー
それで左右の建物を見まするというと、砲弾の跡と迫撃砲の跡で、そういして焼かれた後で、行っている者は日本人も支那人も居りませぬ。
で我々は、細木大佐がどの辺に居たのだろうかと言うことで、ずっと探したが分からぬ。仕方がないから部隊長の所へ行って色々聞こうじゃないかと言うので、廻り廻って特務機関を出て来たのであります。

ところが我々の話を聞いたせいでありましょうか、奥の方から一匹犬が飛び出して来たのであります。
ラジオでも私は天津から放送を致しました。(あとでこの犬の件をラジオで話したということか)セパードと秋田犬の混ぜたような犬でありました。
あまり良い犬ではありませんでした。左の股に貫通銃創を負うていたのであります。
我々の所へ、耳を垂れ、尾を振り、そうして頬を付けて寄って来たのであります。
私は別に何も気が付かなかったのでありますから何だろうと思っていました処が、ほかの事を聞きたい調べたいと思っていたので、犬のことが余り気が付かなかったのであります。支那人が一人いまして、我々を案内しようという同情の押し売りでしょう。どいつもこいつも悪魔のように見えましたのでありますが、犬に向かってあちらへ行けと言ったら、その犬がうおーと言って支那人に喰らい付こうとした。で、支那人には喰らい付くし、我々には寄り付くしと思いながらも、我々が大きなバスに乗りました。

ところがそのバスが横に揺れて転びそうな乗合自動車のバスでありましたけれども、それに犬も乗ってきて私の側を離れないのであります。どんなに追っても降りないのであります。
私は妙なことだと思いながらも、そこの部隊の本部へ帰りまして、所要の挨拶を済ませて部隊長と別れようと門まで部隊長と来た時に、犬が待っている。
でありますから、恐らくこれは特務機関長が飼っておった犬じゃないだろうかと言って、頭をちょっと撫でましたところが、喜んで尾を振っている。
お手を出せと言うと手を出す。これは日本人が飼っておったのだと私が気が付いたのであります。

細木大佐が飼っておったのだろう。日本人の飼っていた犬だから、支那人の言葉は分からない。
それではと言うので、可哀想になって何とか日本へ連れて行けまいかと相談したが、それはどうも無理でしょう。こんな犬を連れて行っても仕方が無いでしょうと言うのでしたが、それでも可哀想だと言うので、兵隊さんに頼んで残飯を食わしておき給えと言って私は置いて来たのであります。

私は直ぐに生存者の居る所に参ったのであります。そこには親のない子供、あるいはお婆さんだけ残っているの、あるいは娘さんだけと言うような風に気の毒な者であります。私はそこで話をしたのであります。慰めあるいは激励をし、慰問品をあげ、そうして挨拶をしたのであります。
その最後に犬の話をいたしまして、犬のような動物、畜生でも一飯の恩と言うことを知っている。我々日本人の話を聞いて近寄って来、日本人の身体の匂いを聞き分けている。しかるに、この鬼畜に等しい通州の支那人は、犬以下だ、畜生以下だと私は申したのであります。それを思えばあの犬が不憫でならない、そういうことを申しましたら、公会堂に居った罹災民達は皆その犬の話で貰い泣きしたのであります。
余程残虐なことが身に沁みておったせいでありましょうが、感傷的になっておったのでありましょうか、貰い泣きしておりました。




(通州事件の様子)(3千人以上の支那兵に対して僅か32,3人の者を以って防御していた)
(日本軍)守備隊の庭の前に広場がありますが、そこに寄って来る者を、守備隊の屋根の上から狙い撃ちをして殺したのが約70人いるという事を申しておりましたが、こちらにも相当の負傷者があり戦死者もあり殆ど守備隊というものが無くなってしまったのだ。
その守備隊の者が、本当の戦争をしている間に今度は女、子供、武装をしておらぬ日本人、朝鮮人をピストルで殺したのが真相であります。

なぜそんな事をするかと言うと、この間原因があるのであります。
支那は日本に対して、どうしても共産党を植え付けて、そうして日本を倒さなければならぬというので、フイフイ教(=イスラム教)、その教師を使嗾(しそう・悪事をそそのかすこと)し、及びユダヤ人を使嗾して、共産党を植え付けてやろうと言うところから、それらが先頭となり、北京大学や南海大学あたりの学生が先達となって、日本人を殺せとやっておったのであります。

それに(シナ側の)保安隊の一部分が内輪もめをいたしまして、そうしてそれらも煽(おだ)てて、その煽て方も徹底いたしております。デマの飛ばし方も極端であります。
どういうことかと言うと、今日本は負けているのだ。第一天津も、もう日本租界には支那の中央軍が居るのだ。北平にも日本軍はおりやしない。
通州なぞも今やっつけてしまわなければいかぬと言うので宣伝を致しまして、デマと飛ばして、流言飛語をやったのがその原因であります。
支那はそのようにして天津と北平と通州の三か所に於いて、そういう不良学生や藍衣社(らんいしゃ・蒋介石直属の国民政府の情報・工作機関、ヤクザ者が多かった)や便衣隊の者共が来てピストルでやったのであります。

戦をしている兵隊や保安隊の者共ばかりやったのではありませぬ。女子供の殺し方は、これは私は実に申し上げられませぬー
子供をさかさまにして、頭を叩きつけて殺したのが多いのであります。そうして女に対しては、鼻に針を入れて、牛を引っ張るようにして引っ張って歩いたのであります。
そうして女は凌辱を受け、辱しめを受けております。(略)(虐殺についてはこれのみしか書かれていない。この文章は政務官として国民に伝えるものなので残虐な描写は控えたものと思われる。)

そういう事ばかりやっているかの支那の連中は、なんと我々が正義人道を唱えてもこれはさっぱり分からぬ。だから今度の戦でも余程しっかり褌をしめてかからぬと言うと支那にやられる。
支那は外交にかけては世界一であります。個人としても商取引に於いても、あるいは車に乗る駆け引きでも世界一であります。(略)
駆け引き、口先で嘘八百を並べるということは支那の国民性だ。これは直らないのも道理だと思った。


ーーーーーーーーーーー
引用ここまで

反日を吹き込んでイスラム教徒やユダヤ教徒まで巻き込む、デマ宣伝に対外プロパガンダ、内輪もめ・・・今と何も変わっていない。

どうぞ引用、コピペなどして広めて下さい。