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米軍資料 「南京攻略戦」「上海事変」 

 以下の米軍文書はテキスト化されていますが文字化け・不明が多いので、少しづつ書き出して日本語訳も付けようと思っております。
 

●「南京城攻略」は 1937年12月13日 
  南京攻略戦 wiki 
 

(画像はクリックで拡大)
 

Asiatic Fleet. Weekly Intelligence Summaries. 1938, January-April
 
96ページ (日本軍部隊が入城する前の中国軍・兵の様子)
louasiatic127096  南京 支那兵 米軍文書

The accounts of the capture of Nanking are far from Chinese defending general is said to have fled the city without even informing his staff.
南京防衛軍将軍が部下にさえ知らせず遁走したと言われているため、南京が攻略された時の将軍からの報告は得られていない。

The Chinese soldiers left on their own, looted and destroyed some of the city property and according to one account shot down many civilians and donned their clothing in order to escape.
残された中国兵は、掠奪したり市内の財を破壊した。
また報告に拠れば、多数の市民を銃殺し、逃走するために、殺した市民の衣服を身に付けた。

  
(初め訳文で「中国軍将校」としてたのですが「将軍」と修正しました。この時の中国軍将軍は唐正智であり、12月12日に遁走。
取り急ぎの翻訳なので随時直していきます。)


183ページ (12月10日 南京城内・城壁・揚子江河畔の様子)
asiatic fleet p183 南京 中国兵パニック

General Tang asked our assistance in arranging the truce with the Japanese and Mr. Sperling agreed to take a flag and message but it was already too late.
He (Tang) fled that evening and as soon as the news got out disorganization became general.

There was panic as they made for the gate, Hsiakwan and the River.
The road for miles was stream with equipment they cast away- rifles, ammunition, belts, unifom, oars, trucks, everything in the way of army impediments.
彼らが城門、下関(区)、河(揚子江)に向かった時にはパニックとなった。
道には何マイルにも渡り彼らが投げ捨てていった備品が連なっていた。ライフル、弾薬、ベルト、軍服、オール、トラック、邪魔になる軍装品は何でも捨てられていた。

Trucks and cars jammed were overturned, caught fire; at the gate more cars jammed and were burned- a terrible holocast- and the dead lay feet deep.
渋滞したトラックと車はひっくり返され、燃え上がった。
門の所ではより多数の車がひっくり返り燃えており、酷い丸焼け状態であった。
死者の数は足元を埋めるほどだった。

The gate blocked, terror-mad soldiers scaled the walls and let themsefves down on the other side with the ropes,puttees and belts tied together,clothing torn to strips.
Many fell and were Killed.
門は閉鎖されており、恐怖に狂わんばかりの兵士らは、
ロープ、ゲートル、ベルトなどを結びあわせたり、洋服を引き裂いて紐状にして使い、壁をよじ登り向こう側に降りた。
多数が落ちて死んだ。

But at the river was perhaps the most appalling scene of all.
A fleet of junks was there.
It was totally inadequate for the horde that was now in a frenzy to cross to the north side.
The over crowded junks capsized; they sank; thousands drowned.
河の様子は、おそらく最も悲惨であった。そこにはジャンク(中国式木造帆船)船団がいたが、逃走の群衆が北の河畔に渡るには数が全く足りなかった。過積載のジャンクは転覆し沈没、数千人が溺死した。

Other thousands tried to make rafts of the lumber on the river front, only to suffer the same fate.
Other thousands must have succeeded in getting away,but many of those were probably bombed by Japanese planes a day or two later.
また別の数千人は河岸で材木から筏を作ろうとしたが、(転覆で溺れた者達と)同じ結果に陥るだけだった。
残りの数千人は無事逃げ果せたと思われるが、おそらく、その中の多くは1日か二日の内に日本軍機に爆撃されたであろう。









●第二次上海事変 1937年 8月13日  
第二次上海事変


Asiatic Fleet. Some phases of the Sino-Japanese conflict (July to December 1937) 


20ページ (8月14日朝 中国軍機による租界爆撃 パレス・ホテルなど被害と難民の様子) 
支那事変 上海 難民Some Phases of the Sino-Japanese Conflict (July to December, 1937)


21ページ (8月14日 中国軍機による、繰り返される上海租界空爆 )
1第二次上海事変 アメリカ文書 
 

23ページ ( 「中国の責任」との記述 )
第二次上海事変 米軍文書 2 ダグラス機


24ページ (8月30日 「中国機による誤爆」)
1937.8.30 中国機による空爆


空爆された上海租界の被害写真 
閲覧注意 でお願いします)

チベット通りとモンティニー大通り交差点
第二次上海事変  チベット通りとモンティニー大通り交差点 中国軍爆撃
 
 
第二次上海事変 中国軍爆撃

大世界娯楽センターの被害。難民避難所になっていたここでは1,012人が死亡し、1,007人が負傷。
スクリーンショット (49)



戦闘休止中の日本兵にお茶を注ぐ中国人女性 
chinese_woman_pouring_tea_for_japan_2110272362.jpg

 



●(おまけで)支那事変ではなく1927年 国共内戦
The USA’s decades long warfare against China
「米中間の数十年に渡る戦争」 
 
支那事変以前、1927年蒋介石に拠る北伐・共産党員・市民の虐殺について書かれています。
これらの被害者数が「南京虐殺」として数えられ、殺戮画像もそれとして使われているケースもあるのではないか、
また蒋介石軍の非道行為は欧米で知られていない・忘れられている様子もあり、何から何までが「日本軍の犯罪」「南京虐殺」とされてしまう危惧がある。
その意味から国共内戦の資料も今後あげてみようと思っています。





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支那事変・日本とアメリカの記録(1937,1938年) 

支那事変(1937~)、初期のほぼリアルタイム発行の経過報告
日本側とアメリカの調査  
 

★陸軍省による事変経過報告 
 出版が「南京攻略」の約1か月後であるのが興味深い 
 
 支那事変経過の概要. 特輯 第4号  
 陸軍省新聞班 編 昭和13年(1938年) 1月25日 
 
支那事変経過の概要 デジタルライブラリー 

(以下画像クリックで拡大) 
 
 支那事変 南京 松井 勧告文


 南京2 シナ攻略


 南京3 支那事変

 
 南京 シナ攻略戦
 
 
★ アメリカに拠る「第二次上海事変以降の報告書」
 
「Asiatic Fleet. Some phases of the Sino-Japanese conflict (July to December 1937)」 
 Angwin, William A  1937年 
 
Sino-Japanese War, 1937-1945  
 
 


(内容説明を後日追加します)



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日本は「邪悪」であったという偏見(プロパガンダ)

「アンブロークン」原作本・映画について調べていると、構図として「レイプオブ南京」や「従軍慰安婦」事案とそっくりな事が分かってきます。
 
それら全て戦後70年になって中国を中心に韓国や北系が密かに活動しているせいだと思われますが、欧米豪人を利用するために前提となっているのが「第二次大戦中の日本(人)は邪悪であり非人道的行為をした悪魔的存在」という偏見です。

その「黄禍」偏見とも言える発端について調べており、参考になる資料をあげてみます。
(殆どに中国が絡みます)



★1933年発行の日本論、中国の実態、日本バッシング・プロパガンダについての有名な本。

暗黒大陸 中国の真実暗黒大陸 中国の真実
(2007/09)
ラルフ タウンゼント

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これの英語原文 (全文あり)
Ways that are dark: the truth about China


★1938年支那事変の只中で書かれた反日プロパガンダを解説

中国の戦争宣伝の内幕―日中戦争の真実中国の戦争宣伝の内幕―日中戦争の真実
(2009/11)
フレデリック・ヴィンセント ウイリアムズ

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これの英語原文 
Behind the news in China

F.V.ウィリアムズ略歴

サンフランシスコの新聞記者としてチャイナタウンの抗争事件を取材して有名となる。日中戦争の起る前から極東を取材旅行しながら共産主義の危険性に注目して、親日的立場から本書を執筆した。日米関係の悪化を懸念しつつ、ラルフ・タウンゼントらとともに発言を続け、真珠湾攻撃後にタウンゼントと同じく逮捕され、16ヵ月から4年という不定期刑を言い渡される





★私自身はタウンゼントよりもウィリアムズ「戦争宣伝の内幕」の方が、文章平易、短文な中にも分かり易く的確な説明だと感じました。
中学高校の近現代史を学ぶ場合に、この本さえ読めば大戦に至る全貌がするっと頭に入ってくるのではないかと思うほどです。
捏造含む自虐まみれで辻褄が合わなくなっている文字羅列ばかりで訳の分からない今の歴史教科書で勉強するより、何百倍も時間短縮で理解できます!(断言するのか・・


★そして今に至ってくすぶり続ける+中共の工作でまた燃え上がりかねない危惧もある「反日プロパガンダ」について、今や保守論壇に欠かせないアメリカ人、マイケル・ヨンさんがFacebookに記事をあげておられ核心を突いているので紹介を。
寄せられている賛否両方のコメントも必読です。 
(ログインすると自動翻訳ボタンがあるようです)

Michael Yon氏Facebook記事


★米軍側も戦争犯罪を犯した、との関連でマイケル・ヨン氏が紹介している資料 pdf 
Trophies of War
U.S. Troops and the Mutilation of
Japanese War Dead, 1941-1945
JAMES J. WEINGARTNER

私自身未読ですが、日本語解説のwikiがあるので↓ 
米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断


★軍・豪州軍による日本兵への残虐行為についてのTelegraph紙記事 
American troops 'murdered Japanese PoWs'

記事の元ネタはRichard Aldrich のこれ。

The Faraway War: Personal Diaries of The Second World War in Asia and the PacificThe Faraway War: Personal Diaries of The Second World War in Asia and the Pacific
(2005/09/27)
Richard Aldrich

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大戦中に書かれた日本・連合国双方の将兵や民間人による手記や日記を集めたもの。
著者による解説も示唆に富んでいます。






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日本軍の罪?すり替えられた中国・ロシア・朝鮮の戦争犯罪

大戦中に日本軍による「戦争犯罪」とされ続けている「非道行為・虐殺」「人体実験」など
実は犯罪として裁いた側、あるいは被害者ヅラしている側がやっていた事ではないか、と分かる資料を並べてみます。


★以前書いたエントリー記事
中国による自国民への犯罪
世界で起こる悪魔的所業はみな日本のせい?



★いわゆる「731部隊による人体実験・生物兵器」について
ハバロフスク裁判 wiki 戦後731部隊関係者が裁かれた



★クリントン~ブッシュ政権時に8年掛けて米国政府が調査した「日本軍戦争犯罪」文書
Declassified in Search for Japanese War Crimes Records
Select Documents on Japanese War (その中の生物兵器関係資料pdf、10万ページに及ぶ膨大な量なのでエラーが出るかも)
これだけ調査して結論は No evidence とあるらしい。(10万ページも確認できませ~ん)



★米国の資料。 医学見地から、1940年代~朝鮮戦争時のソ連や共産圏による「人体実験」について。
Communist Use of American POWs as Human Guinea Pigs

...chemical warfare agents were tried on political prisoners in most inhuman ways without any consideration whatsoever." It was also noted in this report that a Professor Klimoshinski used human beings as experimental subjects in 1941 in Ulan Bator and other sections of Mongolia, using anthrax, pest and glanders.

In most cases, the experimental subjects were Soviet prisoners and in some cases Japanese war prisoners. In the summer of 1941 the escape of one of the experimental subjects started a Bubonic plague epidemic among the Mongols.


(日本兵も人体実験をやられていた、と書かれてある)




(随時追加していきます)






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『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』の虚構 (資料備忘録)

先日、自主上映の形で『ジョン・ラーベ ~南京のシンドラー~』が上映されたようです。

『ジョン・ラーベ』公式HP


ジョン・ラーベ 縮小

john rabe 南京

ジョン・ラーベ(John Rabe)は南京安全区国際委員会の委員長であり、シーメンス南京支社長、ナチス党員でした。
ジョン・ラーベ wiki

ラーベはナチスの中のGood Manとされていますが、ナチス党員そのものであり、怪しい点が多数。
その関係の資料と、他に捏造「南京虐殺」への反論資料を備忘録代わりにリンク貼っておきます。


★以前書いたエントリー記事 
資料備忘録



★日本軍の南京攻略時に蒋介石の中華民国はドイツと軍事的・経済的協力関係を結んでいた。

中独合作 wiki
Sino-German cooperation until 1941 (英語版wiki)



  3中独合作 



 
★「ラーベの日記」が明かしたヒトラーと「南京大虐殺」 2007年WILLの記事
ヒトラーと「南京大虐殺」


★「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道 による記事
映画「ジョン・ラーベ」の正体
(同じ内容の英語版)

 
★ 日本兵とシナの子供達

Bob Wakabayashi 南京

1南京 子供

南京城の外 子供






★安全区側撮影に拠る南京陥落後の城壁内外の街と市民の様子(エール神学校保存)
USC archives

(画像はクリックで拡大)


南京 3

南京 12

南京 日本兵2

南京8

南京 日本兵

南京5

南京 全景

南京 6


★アメリカ側資料、パネイ号事件含む南京の映像 
The Rape of Nanking






(今後随時追加します)





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